6周目2話柔3話「食べて、救って、心を探して」

「こんばんは。突然ですけど『利久比恵理(リクビエリ)』という人物はご存知で?」

「いえ……、聞いたことない人ですね」

「そう。まあ仮想市でも知っている人が知っているって感じだから……知らないのも無理はないわね」


 柔さんがテーブルに何かの形に折られた白い折り紙を置いた。


「これは……鳥ですか?」

「ええ、鳥。私が六歳くらいのときのもので……思い出の物なの」

「利久比恵理さんと関係が?」

「そう……」



 私が六歳のとき。もう忘れてしまったことのほうが多いのだけれど、これはなぜか忘れられない思い出なの。

 六歳で……、家族と公園に行っていたの。休日で同じ歳の子もいたけど……。私は馴染めなかった。


 そのときからなぜだか『死』について考えるようになっていたの。たぶん、誰しも一度は通るような考えだと思う。

 毎日食卓に並ぶ肉や野菜とかに『死』を感じるの。頭の中で生きている牛や豚や鶏、魚とかを思い浮かべて「死んだらこうなるんだ」とかね。

 家畜とかペットにもそう思っちゃって、すなおに「かわいい」とかって思えなくなっていた時期だったわ。


 それで……そう。公園に行っても親は弟を見ていたから、私は一人で歩き回ったの。すると公園の端の屋根がついたベンチに、気になる人がいたの。

 後から名前は知ったのだけど、その人が『利久比恵理』という人。若めの女性で、白いお洋服を着て「素敵」っていう印象だった。

 彼女はどこに住んでいるかわからない、仕事も何をしているかわからない。不審者ってわけじゃなかったんだけど、謎が多い人として知られていたわ。


 利久比さんがベンチに座って何か紙に書いていたの。私は彼女の姿に見とれてしまった。


「おじょうちゃん、どうしたの?」


 優しくそう聞いてきたわ。

「何をしているの?」

「研究……かな。こういう外でしか思いつけないことってあると思うからね!」

「何の研究?」

「ええっと……。生き物のかな」

「そうなんだ……」

「生き物って死んだらどうなるの?」

「ええっ? うーーーーん……。難しいことを聞くねえ。おじょうちゃんはどう思う?」


「……ひとりになる」

「独り?」

「真っ暗な場所でずっと生きると思う……」

「ああ……。ひとりぼっち、になると思っているんだ。すごいねー、天国とか地獄とかそういうのとは違うかな?」


「嘘だと思う……。誰も行ったことないのに……」

「あー……。そうなんだ!」

「おじょうちゃん、私もそう思うよ。誰も行ったことがないってことは、どうなっているのかわからないってことだよねー。私にもわからない。でもいつか来るものだから、そのときまで……楽しく生きようって思うんだよねー」

「そう……」


 今もそうだけど、子供のときって質問の仕方がわからないものよね。たぶん私がそのとき聞きたかったのは『生き物の命を食べて生きる自分の罪悪感との付き合い方』だったと思う。


「じゃあ……牛さんとか豚さんは……。食べてもいいの?」

「えっ。うーーーーーん。これまた難しいことですなあ……」


「私は……。『つながり』だと思う」


「『つながり』っていうのは……。牛さんとか豚さんも他の命を食べているの。それで……。いつか私たちも食べられるの。目に見えないくらいの微生物とかにね」


「その微生物を他の生き物が食べて……、私たち人間が食べるの。どう? 自然って大きくつながっているの。私たちが食べる番の後、いずれ食べられる番が来る。私たちが食べても食べなくても、自然につながっている……。だから命を食べることがいいっていうか……、ありがとうって思って食べれば十分だと私は思うなあ」


「つながり……」

「そう! 私とおじょうちゃんもつながっているの」

「……そうだ! おじょうちゃんに折り紙あげるねー! 私なんでもつくれるから、好きなもの言って!」


「……鳥かな」

「鳥ねー。待ってて……」

 そう言うと彼女はバッグから紙を取り出して、切ったり折ったりしたの。とてもなめらかな動きだった。


「はい、これー」

 固い節だった紙で折られた白い鳥を私にくれた。

「これはお礼の気持ち! この紙『翼樹紙』って言うの。本当は別の使い方があるんだけど……。頑丈だからいいよねーって」


「もし……。ひとりぼっちでどうしようもないとき、どうしたらいいのかわからないとき……。そんなときは『つながり』を思い出して。生きていると食べたり貰ったりすることが多いけど……、いつか返す日が来る……かもしれないの。だから食べたり貰ったり……、自分だけがいい思いをしているって思ったときは『つながり』を思い出すの。直接お礼を言えなくても、また別の誰かにその分感謝とか親切にすればいいと思うな」

「わかった?」

「……うん」


 もっと話したかったけど、親に呼ばれたからこれ以上話はしなかったわ。


「私、おじょうちゃんと話ができてとてもうれしかった! またねー!」


 彼女は大きく手を振っていたわ。子供の笑う声、木々のさざめき、暖かい太陽、手の中の白い鳥……。そのとき初めて『世界とつながっている』って思った。


 それから利久比恵理さんとは会っていない。噂もめっきり聞かなくなったしね。また会いたい……数少ない人ね……。

 でも、どこかでつながっている。そうだといいんだけど……。


「話を聞いてくれてありがとね」

 柔さんが僕に微笑んだ。その笑みにドキッとしてしまった。


「いえっ! こちらこそありがとうございます!」

「ふふ……。あなたともつながっていると思うと……。嬉しい」

「はっ、はい! 僕も嬉しいです!」

 言い表せないドキドキを隠そうと僕は会を進めた。さっきの笑みがずっと僕の中で浮かんでいる。

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