5周目5話高枠5話「懺悔クラブ-全員泥人」
「最後は俺か」
もう外は暗いのだろうか。いよいよ五人目の話だ。
「俺が話す前に、質問をさせてくれ」
高枠さんがニヤリと笑った。
「『懺悔クラブ』って知っているか?」
「いえ知りません……」
「そうか。まあそうだろうな。俺が今から話すのは『懺悔クラブ』についてだ……」
高枠さんの顔が真剣な表情になった。
これはまあ最近の話だ。俺の友達に『冷畦晴也(ヒヤアゼセイヤ)』ってやつがいる。そいつが「奇妙なチラシが届いた」って言うから話を聞いたんだな。
「『懺悔クラブに招待』っていうやつが届いたんだけどさあ。どう考えてもアヤシーよなあ」
「懺悔クラブ?」
「お前んところも来なかった? 白い紙に黒い文字のやつで」
「……知らないな」
「持ってきたんだよ。面白いからさ」
そう言って晴也は一枚のチラシを見せてきたな。
ちょうど今日持ってきたんだが……。
これだ。一見するとよくある勧誘のチラシだろ?
だけどな、これには真ん中に大きく『懺悔クラブに招待』しか書かれていない。住所とか電話番号も無かった。怪しい以上に不気味だよな。ネットとかにも情報は無かった。
他のやつにも聞いたんだが、俺が知る限りそのチラシを知っていたのは晴也だけだったな。
別の日また晴也が話しかけてきた。少し不安そうだったな。
「なあ、前言った『懺悔クラブ』なんだけどさあ……。実はヤバい」
「どうした?」
「ダンボールが、送られてきたんだよ……。送り主が『懺悔クラブ』ってなっていて……」
「中身は何だった?」
「いや……見てない。開けるのが怖くて……」
「大きさは?」
「割と薄くて小さくて、大きめの辞典がぴったり入るくらいかな……」
「絶対に開けないほうがいい。爆弾かもしれん」
「まだ俺の部屋にあるんだよ……」
「とにかく捨てろ。ろくでもないものだぜ」
「……そうだな」
俺は開けていないことにホッとしたね。最近物騒だからな。それで次の日念の為聞いてみたんだ。
「ダンボール捨てたか?」
「ダンボール? 何かあったっけ?」
「……懺悔クラブのだよ」
「懺悔クラブ? 何それ? 知らないんだけど」
俺は血の気が引いたね。晴也は冗談を言っているように見えなかった。本当に知らないときの反応だった。
「今日、家行っていいか?」
「え、別にいいけど……、泊まるとかはナシで」
「すぐ帰るから大丈夫だ」
俺は晴也の家に行った。何回か行ったことがあるから家の中には見覚えがあった。
「……無いな」
「だから『懺悔クラブのダンボール』なんて無いってー」
「……前に晴也が言っていたんだけどな」
「ホント? でも無いよお」
家の中を一通り見せてもらった。ダンボールやそういう箱はどこにもなかった。
「すまん、勘違いだったのかもな」
「いいよ。嘘じゃなさそうだし『懺悔クラブ』ってなんか気になるねー」
俺は自分の家に帰った。だけどな……。
あったんだ。『ダンボール』が。
玄関の扉の前にな。晴也が言っていたとおり、三十センチくらいで、厚みは五センチくらい。そのとき定規で測ったから間違いない。
俺は慎重に箱に近づいた。正方形の白い紙に『懺悔クラブ』とだけ書かれている。配送業者を使った感じじゃあなかったな。
箱を持ち上げようとした。重いわけでもない、軽いわけでもない。そして中で何か動いているような感触だった。たぶん「液体」が動いている。耳を箱に当てて動かすと、ピチャピチャと音がする。
懺悔クラブから何が送られてきたのか。俺には想像もつかなかった。
俺はその箱を持って港に行った。そして海に投げ捨てた。暗かったが沈んでいったのを確認してな。
しかし。次の日家に帰ってきたときにはまた「あった」んだ。それも二個。
そして紙にこう書かれていた。
『懺悔クラブ第一条』
『懺悔クラブから抜けることはできない』
『懺悔クラブ第二条』
『懺悔クラブから抜けることはできない』
俺はまた海に捨てた。
ただ予想はしていた。何度捨てても戻ってくるってな。しかも数が倍になっていやがる。四個になっていた。
俺は自分の部屋にそれを隠した。家族の誰かが開けないようにな。それで次の休日に晴也を家に呼んだんだ。
「思い出したか?」
「うーーん。なんか見覚えあるような無いような……」
「そうか……」
晴也は懺悔クラブのことが記憶から抜け落ちたようだったな。
「これ開けていい?」
「駄目だ! 絶対に!」
「お、おう」
晴也に見せても何もわからなかったな。そのとき俺がわかることといえば『ダンボールを開けると懺悔クラブの記憶が無くなる』ことぐらいだ。
ただ、そうなると、「一度開けたはずの晴也がまた開けたら」どうなるのか……。そのときの俺は試してみようと思ったんだな。
「……やっぱりいいぞ、開けて」
「ええ! なんかアヤシーものでも入ってんじゃないの」
「たぶん、お前なら大丈夫だ。ただ、俺は中身を見ない。部屋の外にいるから何かあったら大声で叫んでくれ」
「……ドッキリとか?」
「ドッキリならかかってくれ……。じゃあ」
俺は部屋の外に出た。中で晴也がガムテープを破る音がする。
…………。
俺は心配になった。一分くらい中から音がしなかったんだからな。
「おい! 生きてるか!」
…………。
応答がなかった。俺は覚悟したね。中で「なにかおこった」と。俺はドアをゆっくりと開けた。
「…………ワァッ!」
俺は身構えた。だけど晴也が驚かしてきただけだったんだな。
「やめろよ……」
「ははは! マジになってんの」
箱が開いていた。
「……中身は?」
「何も入ってねーじゃんよ」
「……そうか」
たしかに箱の中身は何も入っていなかった。
「変な臭いとかしなかったか?」
「全然」
「蒸発したとかは?」
「なんもねーって言ってるじゃん」
「そうか……。ありがとな」
本当に何も入っていない、ただの箱だった。俺は念の為もう一つの箱を晴也に開けてもらった。今度は俺も見ていた。
何も無かった。
次の箱は俺が開けた。
何も無かった。
そして最後の箱も開けて、何も無かったのを確認した。記憶もきちんとあった。
俺は正直ホッとした。たぶん「他人がいるなら何も起きない」とか、そういうことなんだろうなってな。晴也もただ懺悔クラブの記憶が消えただけで何も変わっていなかったわけだしな。
「それで……。これで解決したと思うか?」
高枠さんはニヤリと不気味な顔になった。そしてテーブルの下からダンボールを取り出した。
「高枠さん。それってもしかして……」
「ああ。何も解決してないってことだ」
晴也に開けてもらった次の日。ダンボールが八個になっていやがった。
ただ今回は違った。情報が増えていた。
『懺悔クラブ第三条』
『懺悔は一人で行う』
『懺悔クラブ第五条』
『懺悔を誰かに見られてはならない』
これらが書かれていた。どうやら色々ルールがあるらしい。それでルールを破ると増えて戻ってくるらしい。誰かと開けると記憶は消えない。一人で開けた場合……、それはわからない。
そもそも『懺悔』って何のことを言っているんだ? 俺は八個の箱を自分の部屋に押し込んだ。小さめのサイズだったからな。それに無視をしていれば箱が届かなくなるかもしれない……。そう思ってたな。
『懺悔クラブ第七条』
『懺悔クラブに入った者はその日必ず懺悔を行う』
俺の期待は裏切られた。一つのダンボールが玄関に届けられていた。
俺はカッとなって箱を蹴ろうとした。ただ思いとどまった。かなり焦っていたぜ、そのときは。
いっそのこと開けてみれば、助かるのかもと思った。だができなかった。少なくとも何かされる。晴也は一見何も変わっていなかった。本人も平気そうだった。だが、記憶が消えている。それだけで晴也本人じゃあない。この箱を開けると、俺はきっと『俺に似た別人』になるんだと感じていた。
「……ここで聞いておきたいんだが。お前は『スワンプマン』って知っているか?」
「名前は聞いたことあるような気がします」
「そうか。まあ一言で言うと『自分とまったく同じ人物は「自分」と言えるのか?』っていう話だな。話としてはこうだ……」
ある哲学者が考案したもので、現実の話じゃあない。
ある男が沼に行った。不幸にもその男に雷が落ちて男は死んでしまう。だが同時に雷が沼の泥に化学反応を起こして、分子レベルでその男とまったく同じ人間がつくられた。記憶も性格も同じだ。こいつが『沼男』『スワンプマン』だ。元の男の遺体は沼に沈む……。スワンプマンは元の男として生きていくことになる……。
さてここで『スワンプマンは雷に撃たれた元の男と同じ人物』と言えるか?
「っていう話だ。物語としてそんな偶然あるのかっていうのもあるが、問題はそういうことじゃあない。『自分だと言えるか言えないか』が重要なんだ」
「なるほど……」
「それで、どっちだと思う? 『言える』か『言えない』か」
僕はしばらく考えた。
「うーん。難しいですねえ……。でも『言えない』と思います」
「理由は?」
「その……、元の自分が死んだら意味が無いっていうか……。スワンプマンっていう他人が動いていて、自分で動けないのでは『自分』って言えないんじゃないかと思います」
「『自分を自分で動かせないならば自分ではない』か……。なら『事故とか病気で動けなくなった人はその人自身ではなくなる』と思うのか?」
「えっ。いやあ……、事故とかだったら同じかも……」
僕はなんとか話を組み立てようと考えて、固まってしまった。
「……いやすまん。俺はそういう考え方でもいいと思う。こういうのは考えることに意味があるからな」
「俺は『言える』と思う。身体も記憶もすべて同じなのだとしたら、同じ人間だ。ただそれは『他人から見たら』だけどな。俺が死んでも、変わらず俺として生きるやつがいればそれでもいいと思っている」
「……。話を戻そう」
俺はこの懺悔クラブのダンボールも、スワンプマンと同じだと思っている。開ければ雷が落ちるんだろう。スワンプマンと違うのは、『懺悔クラブの記憶が消える』ことだ。その一点で俺はこのダンボールを開けたくない。不慮の事故ならしょうがないが、これを開けるのは死に行くようなものだってな。
だが、俺が開けなければ箱がたまるばかりだ。いずれ俺の部屋が埋め尽くされる。捨てたり誰かに開けさせると逆に増える。
俺は考えた。俺に何ができるんだってな。お前だったらどうする?
俺は仮想市中を走り回った。あらゆる建物の扉を見た。もしかしたら「俺以外にも箱が送られてきている人物がいるかもしれない」ってな。ただ、学校を休むわけにもいかないから、限られた時間で探す必要があった。つくづく田舎だと思っていたが、意外と多いもんだな。
たまに声をかけられることもあったが、懺悔クラブについては話さなかった。どうせ知らないんだしな。ネットにも相変わらず情報は無い。
箱はどんどん溜まっていく。まるで『罪の塊』だったな。知らず知らずのうちに犯した罪を、思い出させようとしてくるような……。あのときのメンタルはやばかったな。
一ヶ月くらい経ったか。それくらいで俺は耐えきれなくなって、数人に懺悔クラブのことを話した。お前が知っているかわからんが、隙戸、知池、健次っていうその三人に話した。三人とも「知らない」だったな。それで俺は家に帰った後、また別の知り合いに声をかけた。
『凍渡 仁(トウドジン)』っていうやつだ。仮想市にはいるんだが、学校は仮想市の隣の別のとこに行っている。昔同級生だったんだ。俺は電話をかけてみた。しばらく会っていないが、変わってなかったな。
「懺悔クラブ?」
「ああ。何か知らないか?」
「うーん。知らないなあ……」
「何かちょっとしたことでもいいんだ。チラシとか噂話とかでも……」
「ごめん。知らないや……」
「そうか……いやありがとう。もし何か送られてきても絶対に開けるんじゃあないぞ」
「うん? うん」
どうやら凍渡も知らないようだったな。知らないってことは本当に知らないか、既に開けてしまったのか……。
そんなことを考えていると、凍渡から電話がかかってきた。
「……来たよ」
「なにっ!?」
「『懺悔クラブ』って書いてある……。さっき玄関を見たら置いてあった……」
「絶対に開けるなよ! すぐ行くから!」
俺は走った。もう夜だったけどな。家は割と近かったから、すぐに行くことにしたんだ。
「久しぶりだねえ」
凍渡はにっこりと笑った。だけど俺はそれどころじゃなかった。
「箱は?」
「これだよ。もしかして住所が間違えて送られてきてるとか?」
「いいや……」
大きさも中身も同じようだった。しかしダンボールの白い紙には『懺悔クラブ』としか書かれていない。クラブのルールとかは書かれていなかったな。だからこれは凍渡に向けられたものだと思った。
「本当に……。クラブのことは知らなかったんだよな……」
「うん。……どうしたの?」
俺は一気に恐ろしくなった。これが送られてくる前に何をしていたか。『俺から懺悔クラブのことを聞いた』んだ。俺が話さなければ箱は届かなかったのかもしれない。『懺悔クラブについて知る』ことで懺悔クラブに入ったことになるのなら……。俺は今まで話してきた人の顔が思い浮かんだ。
もう、懺悔クラブは止められない。俺の知らないところで、スワンプマンと入れ替わっている。
「大丈夫?」
「……ああ。遅くに迷惑かけたな……。じゃあな……」
「えっ……。結局このダンボールどうすればいいの?」
俺は何も言えなかった。俺と同じように送られてくる箱を隠して生きるのが、幸せなんだろうか? いっそのこと開けてしまったほうが楽なのかもしれない。
「自分で決めてくれ……」
俺は家に帰った。積み上げられた懺悔クラブの箱が俺の背を越していた。俺は世界でただ独りの人間なんじゃないかって思った。
「……それでお前だったらどうする? 箱を『開ける』か『開けない』か」
「お前がどっちを選ぼうが、俺はその決断を尊重するぜ……」
「悩むか?」
「ふっ。ふはははははははは!」
突然高枠さんが大きく笑い出した。なんというか気が狂ったような笑いだ。
「ふう、すまんすまん……。お前がどっちを選ぼうとどっちでもいい。これからネタバラシだからな」
実はだな。『懺悔クラブは俺がつくった』ものなんだ。
『あの御方』に頼まれてつくったものだ。まあお前は知らないだろうがな。
懺悔クラブのダンボールを開けたやつは中に吸い込まれて一切の情報を読み取られる。一瞬読み取られるだけだから身体や記憶に異常は無い。読み取られた情報からスワンプマンがつくられる。そして、『もう一つの仮想市』で生活をする。仮想市も俺もお前も何個もつくられているぞ。『あの御方』によってな……。そして……。
「この話をするってことは、俺の正体について話すときってことだな」
高枠さんは立ち上がった。そして周囲の物を手に持ち始めた。
「持って行ってやるよ……」
高枠さんは階段を上り始めた。
(嘘だろ!?)
いつもなら最後の人の話が終わると、ゲーム内の私が階段を上る。ノックでドアを開けると話に関係する物が置かれているはず。しかし、今は高枠が持ってきている。これは……。
コンコン
ドアからノックがする。
私は迷わずドアを開けた。
「よお。会いたかったぜ『灯本』。いや、『カタモトトモミチ』だな」
『高枠樹』が目の前にいた。
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