5周目4話江熊3話「生に至る病」
みなさん仮想市に『古墳』があるのをご存知ですか?
『沈丁古墳(ジンチョウコフン)』です。『浜鳥公園』と言ったほうがわかりますかね? あそこに古墳が見つかって、公園ができたのです。住宅地の中の公園として、あまり意識していないと思いますが。
そんな沈丁古墳について、僕の父の友人が話してくれたことがあるのです。なんでもその人は仮想市の区画整理事業に関わっていたらしく、古墳が見つかった現場に居たというのです。そして、その人があるものをくれました。ただ……。
その……あまり他の人に言ってほしくないんですけど……、いいですか?
その人がくれたのは『黒い石』でした。
その人が古墳から拾ってきてしまったんです。それをなぜか僕にくれました。
これです。
江熊さんは小さな石を取り出した。指でつまめるサイズで、かなり黒い。
ここに置きますが、決して触らないでください。触るとしても素手ではなく、厚い手袋などをしてからでお願いします。
その、これが歴史的に貴重な物というのもありますが、それ以上に『危険なもの』なんです……。これはその石をくれた人物からの話です。
そうですね……。父の友人の名前を『浜島さん』としておきます。もちろん偽名ですけど。
まず、古墳が見つかったとき。その場に居た人たちのうち何人かが。古墳の周辺にあった『黒い石』を記念に持って行ってしまったのです。浜島さんもその一人でした。しかもお土産にと複数個持って行ってしまったのです。
この黒い石を手にした人に不思議なことがありました。
それは『肌が真っ白になる』というものです。黒い石に触れた部分が、色が抜けたように真っ白になってしまったのです。しかも、その白い部分に毛のように何か生えているのです。細く小さくよく見えないのですが、浜島さんが言うには『人間の指』だと……。
ですが、悪いことばかりではなかったらしいです。過去の事故によって、たまに痛みを感じていた傷跡が「白い筋となって消えていた」というのです。他の人に聞いてもそうでした。肩こりや腰痛、肌荒れが良くなったという人もいました。ただ、その良くなった部分が「白くなった」というのは共通していました。
ここまで聞くと、僕は何らかの「呪い」ではないかと思うのですが、当事者たちはそんなに気にしていないようでした。むしろ「悪いところが治った」と言っていましたね。白くなった肌も、時間が経てば元通りになりましたし。
それでその話を聞いた僕は、きっとその石が欲しそうな顔をしていたんでしょうね。浜島さんがお守りのように小さな布袋に詰めて、その石をくれました。それと『絶対に中を開けたらいけない』と言われて……。
そんなことを言われたら、もちろん開けますよね。
僕は自分の部屋でそのお守りを開けて、石を取り出しました。人差し指に乗るくらいの小さな黒い石でした。
触れたところが白くなるという噂でしたが、僕の肌は元々白いので、気にならない程度です。
ただ、特に病とか悪いところが思い浮かばなかったので、石はそのまま自分の部屋の引き出しに置いて、いつのまにか忘れてしまいました。
それからしばらく日が経った後、視力検査がありました。それで視力が落ちていることを知りました。僕はまあ、一つのことに没頭してしまうタイプなのでしょうがないのかもしれません。
その日の夜の寝る前。僕はふとあの石のことを思い出しました。寝ながら石をつまんで電灯に透かして観察しました。自分の視力を確かめるように上下に動かして……。
僕はその石で「視力が良くなる」ことを期待していました。でも眼に石を触れさせるなんて、怖くてできませんでした。
そのときです。視界の端から、顔に何か飛んできたのです。たぶん蚊とかハエとかの虫だったと思います。虫はそこまで苦手ではないのですが、その虫の姿が「真っ白」に見えたのです。
ぞわっとした感覚で、石を手放してしまいました。そして、僕の右目にぶつかりました。
そこまで重くもないはずなのに、じんじんと眼が脈打つ感じでした。
僕は急いで洗面所に向かい、目を水で流しました。そして鏡を見ると、僕の右目が白くなっていたのです。よく見ると虹彩や若干の血の色があるのですが、ほとんど白目を向いているようでした。
もう慌てました……。何度見ても真っ白なのですから。
視力を確かめるために、左目を閉じて周辺を見回しました。すると……。
『はっきりと見える』のです。何もかもが。世界はこんなに綺麗だったのかと。見るものすべてが鮮明に見えます。
自分の部屋に戻り、窓の外を見ました。星々がきらめき、町の明かりさえ美しく感じます。
しかし、不安なことがありました。「この真っ白になった目は元に戻るのだろうか」というものです。突然こうなったら、何らかの病気と思われるのは間違いないはずです。ただ、どうしようもありません。僕はいつもどおり寝ました。正直不安でしたが、同時にすごい力を手に入れたと嬉しかった気持ちもありましたね。右目が脈打つような感覚は、目を閉じている間も絶え間なく続いていました。
次の日、目が覚めると視界はぼやけていました。鏡で確認すると、目は元通りの色になっていました。
残念でした。時間が経てば元通りになるようです。しかしそれが安心感となって、僕の興味に火をつけたのだと思います。
僕はその石を使って色々な実験をしました。
石を削ってできた黒い粉を、捕まえたバッタにふりかけます。すると、粉がかかった部分から白くなっていき、身体全体が真っ白になっていきました。そのバッタを捕まえるときに脚がひしゃげてしまっていたのですが、それも元通りになったのです。
自分にも試してみました。本当は犬や猫で実験してから試そうと考えていましたが、色々考えてやめました。
粉を水と一緒に飲んでみたのです。気分はまるで違法な薬物を使っている気分でしたね。
水が身体を流れる感覚と同時に、身体の底からはちきれそうなエネルギーが湧いてくるようでした。心臓が耳にあるように高鳴り、腕には見たこともない筋肉が盛り上がっています。鏡で見ると、眼が血走り、身体が一回り大きくなり、肌も漂白されたようで、まるで別人でした。
五分くらいで徐々に元に戻っていきました。
それでも一時間に感じたくらい、時間の進みが遅い感じでした。
そして、一番驚いた実験があります。それは下校中のときです。空き地の雑草が茂る中に、猫の、まあ死骸があったわけです。車にはねられたのか、むごい感じでした。しょうがないんですけど、見ると悲しい気分になりますよね……。
僕は足早に通り過ぎようとしました。いつもそうです。しかし、そのときは「黒い石を試したらどうか」と思いました。いつも持ち歩いていたんですね。
僕はそのへんにあった石を拾って死骸の上で黒い石とこすりあわせて、粉をかけてみたのです。
すると……、今思い出しても気持ち悪くなるんですけど……。
粉がふりかかった部分が白くなり身体に広がります。ここまでは予想通りでした。しかし、その白くなった部分が「うごめいている」のです。そしてバラバラになっていた猫の皮膚とか内臓とかが集まり……。元通りの猫の形になりました。
さらに驚いたことが、閉じていた目を開いて立ち上がり、逃げてしまったのです。さっきまで死んでいたのに……。
僕はこの石のことを誰にも言いませんでした。大変なことになると思ったからです。そして、自分にも他の生き物にも実験するのをやめました。これは神がつくったもの……むやみに使うと天罰が下ると思ったからです。だからお守りとして持っていることにしました。誰にも知られずに僕だけの秘密として……。
しかしある日忘れられないことがありました。
「キミ。黒い石持ってるよねえ」
下校中、後ろから声をかけられました。『外国人』としか言えない顔立ちに、黒いコートを着て、背が高い男の人がいたのです。
「……いえ」
「そんなわけないよねえ。悪いようにはしないから、黒い石をくれないかなあ?」
「い、いやです!」
僕は走って逃げました。後ろを見ると追ってこないようでした。
「逃げてもムダだよお」
「うわっ!」
角を曲がった先に男がいたのです。
「力ずくでもいいんだけど……。はやくくれないかあ?」
「くっ……」
とても恐ろしかったです。なぜ黒い石を知っているのか。なぜ後ろに居たのに前から出てきたのか。直感で『神』もしくは『悪魔』だと思いました。
僕は石をいつもポケットに入れていました。
「……わかりました」
そこからお守りの布袋を取り出して、きつく縛った紐をほどきます。
「そうそう。逆らわないことさ。ハハッ!」
袋を開き、中にあった黒い石を僕は口に投げ込みました。
「おい! キミィ!」
口の中の石を飲み込もうとする自分と吐き出そうとする自分がいましたね。
「今すぐ出せ!」
男が掴みかかってきます。石は削って小さくなっていたとはいえ、飲み込むには大きいものでした。しかし、なんとか飲み込みました。
僕の身体に石が入ってきたと同時に、爆発しそうな力が湧き上がってきました。
「ウオオオオオオオ!!!」
雄叫びを上げて、男の両手を振り払いました。自分でも信じられないくらいです。
「こいつッ!!」
男が殴りかかってきた手を避けて、僕は男の腹を殴りました。
「うげえっ!」
男は腹を抱えてくずおれました。僕はとにかく逃げました。
世界がとても明るく見えました。夕方だったのですが、はっきりと何もかもが見えます。たぶんあれが赤外線や紫外線の色なんでしょう。
身体は膨れ上がり、身長は伸びていき、筋肉で衣服がはちきれそうでした。
自分の心臓の音や周りの音、車、鳥、話し声、様々な音が耳に入ってきます。『生きている』ってこういうことなのだと感じましたね。
「今のは痛かったぞ……」
角を曲がるとあの男が立っていました。スローモーションに見える男の拳を避け、走り続けました。ある場所を目指して……。
男を避けつつ向かった場所は『浜島公園』です。
「『沈丁古墳』に何かある」
直感的にそう信じていました。
夕方で公園には誰もいないようでした。男の姿も見えません。整備された公園内で、小さな山のようになっている古墳に近づこうとすると、
「おい、止まれ」
と声をかけられました。さっきの男とは別の声でした。しかし、どこから声をかけられているのかわかりません。
「お前、アレを使ったな?」
頭の中に響いているようです。
「そうです! でも! でも!」
どこを向けばいのかわからず、僕はあちこちに向かって声を出しました。
「いいか、動くなよ……元通りにしてやる……」
誰かが近づいている足音だけが聞こえました。周囲を見ても人の姿はありません。
「動くなって……」
足音が大きくなり、途端に聞こえなくなりました。僕は動きを止め、周りの音に集中しました。
遠くの車の音、誰かが料理をする音、風の音……。
突然、聞いたことがない音が聞こえました。しかも背中に違和感があります。
「えっ!!」
背中を触ると熱い濡れた感触がしました。手には真っ白な液体がべっとりとついています。おそらく、僕の血液でした。
そして身体中から力が抜け、地面に倒れました。
「二度と関わるな……」
そんな声が最後に聞こえた気がします。
気がついたら夜でした。身体を触ってもどこも穴とかは開いていないようです。衣服も元通りに、むしろ汚れなどが落ちていました。まだあの男がいないか慎重に家に帰りましたね……。
結局あの男や謎の声についてはわからないままです。そのときの黒い石も無くなってしまいましたし……。あっ、今みなさんに見せているこの黒い石は、予め割っておいた予備ですけどね。
僕が思うに、この黒い石には「生物の生命力を引き上げる力」が込められているのだと思います。それで、あの男はその力を利用しようとしていたのでしょう。謎の声は……古墳に埋葬されていた人物なのでしょうか……。
「そんなことが……。その触ってみてもいいですか?」
「ええ。ですが気をつけて……」
江熊さんがハンカチを渡してきた。僕はそれを使って黒い石を慎重につまんだ。
「うーん。普通に見えますけど……」
どう見てもただの石にしか見えない。
「あっ! 駄目です!」
僕は思いがけず電灯に透かして観察していたらしい。江熊さんが大きな声を出したので、思わず離してしまった。ハンカチが顔に当たって落ちる。
「すみませんっ! 大丈夫ですか!」
江熊さんが近づいて僕の顔を見る。
「ごめんなさい……。うっかりしてました……。念の為洗ってきますね」
僕は立ち上がり、顔を洗いに行った。
鏡を見ると、何も変わっていなかった。
(よかった……)
念の為、顔を水で洗った。そしてもう一度顔をよく見た。
(あれ……)
額のニキビが白くなっていた。そしてそこから毛のように人間の指のようなものがうようよと生えていた。
「うわあ!」
咄嗟に額を払うと白い筋だけが残って、あの指はなくなっていた。
(今のは……)
水で濡らした手で額を触っていると、白い筋は次第に薄くなって消えてしまった。
筋が消えてからも、念入りに水で流して会に戻った。
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