5周目2話巻紙2話「天狗VS黒神さま-仮想市七不思議『大足跡』」

「灯本さんって『天狗』に会ったことがありますか?」


「いえ、ないですけど……」

「そうですよねー。私もないです。でも……」

 巻紙さんが何かを取り出して置いた。黒い細長い石?


「これはたぶん『黒神さまの落とし物』なんです!」


「黒神さまの落とし物?」

「『黒神さま』って知らないですか? この仮想市を昔から守ってくださったという神さまですよー」

「へえ、そうなんですか。それで『天狗』と『黒神さま』に関係があるんですか?」


 巻紙さんが顔の横に人差し指を立てた。

「そうなんです! この石をどこで見つけたと思いますか?」

 巻紙さんが石を手に持って光に透かすように眺めた。穏やかな表情で石を動かしている。


「なんと『大足跡』です。仮想市七不思議の一つである『大足跡』です。別名『天狗の足跡』で、こっちのほうが聞いたことがあるんじゃないですか?」


 『天狗の足跡』でピンときた。僕もあそこには行ったことがある。大きな岩に、不自然な縦長のくぼみがある。それが天狗の足跡だと言われている。

 巻紙さんが石を置く。そして僕のほうを見る。


 私がなぜこんなことを言っているのか……。


 それは『天狗と黒神さまが戦った』からです!


 順番に……。まず『大足跡』からです。

 大足跡、または天狗の足跡がなぜできたのかは知っていますか?


 言い伝えによると、昔この地方に住んでいた天狗が村を追われていたというのです。それで仮想市の近くにある島『仮想大島』に逃げようとしたんです。そのとき踏み台にした岩が『大足跡』のある岩だと言われています。だから天狗の足跡なんですねー。


 でも、いくら天狗とはいえ踏み台にした岩がくぼむほどなんですかね? それに村に追われるって、天狗は何をしたんでしょうか?


 私はわけあって、黒神さまのことを調べています。それで仮想市の各地に行っているんですが、大足跡付近を歩いていると、気になるものがあったんですねー。


 それがこの黒い縦長の石です。ただの石に見えますが、これ『黒神石』と同じ石なんですよ! ある先生に見てもらったんですが、同じ成分? ですって!


 あっ。『黒神石』も仮想市の七不思議の一つですねー。黒神さまにも関係しています。


 大足跡にあったこの黒い石。私は天狗を追ったのは黒神さまじゃないかって思ってます。きっと激しい戦いになったのでしょう。逃げる天狗に黒神さまは何らかの攻撃をしたのです。それに当たった石が『たまたま足跡の形』になったと……。たぶん、黒神石と同じ石を投げて攻撃したんだと思います。



「どうですか? かなり有力な説ですよね?」

「それはそれは……」

 僕は笑いそうになった。巻紙さんは真剣に話しているようなので、笑ってはいけないと思う。けど……。


「ん……? 待ってくれないかい?」

 勝又さんが話に入ってきた。


「その大足跡ってどこって言っていたっけ?」

「大足跡は七幡神社の近くにありますね」

「うーん。もっと詳しく。できれば黒神石との位置関係も」

「あの、部屋に地図があるので持ってきますよ」

「おお、うん! ありがとう!」

「お願いします!」


 僕は昔学校からもらった仮想市の地図をテーブルに広げた。

「ええっと、仮想市の駅がここで……、駅から下に行くと……」

 巻紙さんが地図をなぞる。

「ちょっと借りますよ」

 僕のペンを使って、地図に書き込んでいく。黒神石と大足跡の場所に丸をつけた。

「こんな感じですねー」

「ふーむ。この距離は……二キロもないな……。やっぱりそうか」

 勝又さんが何度もうなずいた。

「勝又さん。何かわかったんですか?」

「うん、いやね。たぶん天狗ってボクのことなんじゃないかなー、ってね!」


「え! 勝又さんが天狗!? どうしてですか?」

「ハハッ! 巻紙ちゃんいいのかい聞いても? 思っていたことと違うかもしれないよお?」

「……大丈夫です!」

「うん、それじゃあ……」

 勝又さんがペンを持った。


 実は巻紙ちゃんの予想していたのはまあまあ当たっているんだよねえ。

 ここ。黒神石の周辺は元々海だったっていうのは知っているよね? ボクはその海だった時代にいたのさ!


 ボクは『異世界を旅してきた』って言っただろう? あれ、言ってなかったっけ?


 それでよく思い出すと、そういう体験をしたことがあったなあって思ったのさ。正確にいつの時代かはわからないけど、そんなに昔ではなかったような気もするなあ。人もいたしね。


 そもそもボクがなぜ転生をしているか。それはね『悪魔を倒すため』さ。この世界に転生したのも悪魔を倒すためさ!

 それで、当時の黒神石にはとてつもない魔力があったんだ。ボクは魔力を得るために黒神石の一部をもらおうと石に登ったんだ。


 するとね……海から無数の眼がこちらを見ていることに気づいたんだ。ボクは気にせず黒神石を叩いて削った。すると水面の眼から勢いよく何かが飛び出してきた!


 そう、『魚人』だ!


 魚人は強い。でもボクはもっと強い。負ける気はしなかったから、黒神石の上で襲ってくる魚人たちを次々と倒した。けれど海の向こうから黒い大波が来るのが見えたんだ。魚人の大群が向かって来てたんだね。


 ボクは黒神石のかけらを握って逃げた。魚人は恐ろしい数で追ってきたね。みんな眼が死んでいて、よくわからない言葉を発してねえ。


 それで森に逃げれば追ってこれないと思ったんだけど、そんな感じじゃなかった。むしろ足が早くて追いつかれそうだったよ。魚人にも個体差があるんだねえ。

 それに後ろから何か投げてくるんだよ。水風船みたいに液体が入った赤い膜の球をね。それが落ちて、液体がかかったところからジュワジュワって音がするんだ。あれが酸だって気づいたときは恐ろしかったねえ。


 ピンチだったボクは空間転移をすることに決めた。走りながら転移の呪文を唱えるんだ。五秒くらいで目の前に転移のポータルができてそのまま入った!

 ポータルは自分で閉じないといけない。後ろを見ると先頭の魚人たちが酸の赤い球を投げようとしていたんだ!


 ただボクのほうが速かった。ポータルを閉じた後、またその新しい異世界を旅したよ。 それで大足跡の話になるけど、ボクが思うに『岩が酸で溶かされてできた』んじゃないかって思うんだよねえ。もっと大きな岩な気もするけど、年月が経って風化していったのさ。

 どうだい?



「そんな……」

「ガッカリしたかい?」


「いえ、スゴイです!」


 巻紙さんは目を輝かせていた。

「黒神さまの使いの魚人から逃げたってことですよね!」

「そうだよお。大変だったんだから」

 勝又さんがニッコリと笑っている。

 僕は勝又さんの話を信じられずにいた。適当に言っているだけじゃないのか。


「おい、勝又だっけ? その話……本当か?」

 高枠さんが睨んでいた。僕と同じ気持ちなのだろう。

「うん本当さ」

「あのときは白いコートみたいなのを着ていたよな……。顔も身長も違ったが……本当に?」

「うーん。そういえばそうだねえ。転生するうちに見た目が変わることが多いけど……。そのときはそうだったよお……。なんで知っているの?」



「……チッ。俺も心当たりがある話を思い出してな……。今話すつもりはないけどよ」

「えっ! 高枠さんも何か知っているんですか?」

「いーや何も知らない。ただ、こいつには後で聞きたいことがある。昔のことをな……」


 僕は三人の話についていけなくなっていた。高枠さんもどうやら何か知っているらしいし。

「ハッ!」

 巻紙さんが突然飛び上がって立った。そして高枠さんを見た。


「まさか……。高枠さんって『魚人』なんですかっ!?」

「まっさかあ。高枠クンはどう見ても人間だよお。ボクの目はごまかせないよお。ハハッ!」

「……この話は終わりだ」

 高枠さんが面倒そうな顔で僕を見ている。次の話に行ってほしいんだろう。

「私、大足跡にまた行ってみようと思います。そのときはみんなで行きましょうよ!」

「え? そ、そうですね!」

 さっきの話が本当だとしたら、勝又さんが『天狗』で高枠さんが『黒神さまの使いの魚人』ということだろうか。信じられないけど、二人の会話を聞くにそうなのかもしれない。あとで聞いてみよう。


「あれ? 黒神石はどこ?」

 いつのまにか巻紙さんが持ってきた石が無くなっていた。見失うような大きさじゃなかったはずなのに。

 「ああ、元の場所に戻しておいたぜ。……そいつだけには渡すんじゃないぞ」

 高枠さんがにやりと笑った。

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