5周目1話柔2話「私の愛を食べて」
「こんばんは。もう夕食は食べましたか?」
柔さんが大きなバスケットを傍らに置いていた。
「いえ、まだですけど」
「ですよね」
柔さんはバスケットから、かわいらしい弁当箱を取り出した。
「つくってきたのでぜひ」
「えっ!」
僕はお弁当を受け取った。
こんなこと初めてだった。知らない歳が近い女性の人からお弁当をつくってもらったなんて。照れるけどドキドキする。
「あっ、えーと……。ありがとうございます」
「ふふっ。開けてみて」
「はいっ」
丁寧に包みを開く。そして蓋を持ち上げた。
「うわあ!」
思わず声が出てしまった。入っている食材すべてがハート型をしていた。野菜も肉もご飯もハート型だ。献立は特に変わったものではない。ただハート型だけが気になった。
「これって……。あの、柔さんってハートが好きなんですか?」
「いいえ。私が好きなのは灯本君」
「えっ」
僕は頭の中が真っ白になった。柔さんは平然としている。
「はやく食べて? 好きなものばかりでしょう?」
たしかに僕の好物ばかりだ。エビフライ、トマト、あとわかめご飯……。どれも好きだけど、ハートだ。
「これもあるからね」
水筒のようなものを取り出して渡してきた。中は……、コーンポタージュ?
「あとこれも。でもあんまり飲みすぎないでね。健康が気になるから……」
僕の好きな『ハイボルテージ』というエナジードリンクの缶だった。普通に売られているものだけど、なんで知っているんだろう。
さっき「好き」と言われたことと合わさって、何を言ったらいいのか……。
「さあ。冷めないうちに食べて」
「はい……い、いただきます!」
僕はまずエビフライから食べた。美味しい。ケチャップではなく、塩コショウで味付けされている。僕の好みそのままだった。
「美味しいです!」
「そう! よかった……」
柔さんが嬉しそうに笑う。
「いいねえ。ボクも食べていいかなあ?」
勝又さんが話に入ってきた。
「駄目。灯本君のためにつくったんだから」
笑っていた顔から突然冷たい顔になる。
勝又さんは落ち込むことなく、さらにニヤニヤして僕を見ている。巻紙さんもニヤニヤしている。高枠さんは腕を組んで真顔で見ている、江熊さんは困った顔をしている。
僕だけが食べている状況が気まずい。
「その、美味しかったです、とても。でもみなさん待っているので後でいただきますね……」
「いいのよ。全然気にしてないから」
「えっ。いえ、あとで……」
「全部食べないと私は話さない」
「えぇ……。じゃあ、食べながらで……」
「『全部食べてから』じゃないと私は話さない」
「ははぁ……」
これは食べないと終わらないなあ……。嬉しいんだけど、怖く感じる。美味しいんだけど、何か入っているんじゃないかとも思えてくる。
みんなを待たせないために、気まずい空気から抜け出したいために、素早く食べる。
そして完食できた。
「ごちそうさまでした」
「よかった……。全部食べたのね」
「はい、でもあの……。なんで僕の好きなものを知っていたんですか?」
「ふふっ、恋人だからじゃない」
「えっ!」
そんなわけがない。柔さんとは今日初対面だ。
「いいえ、違ったわ。今『恋人になった』の。好きなものを知っていたのは前々からだから」
「灯本君。これで私達は恋人。全部食べたあなたならじきにわかるはず。時間がかかるらしいから、それまで待っているから」
柔さんは立ち上がり、部屋を出てしまった。
「じゃあ明日。楽しみにしてるから」
「待ってください! 何か入れてたんですか!」
「……そうね。別に隠すつもりはなかったんだけど。端的に言うと、『黒魔術』ね。あるルートから手に入れたの。詳しいことは明日話すから……じゃあね」
僕は何も言えなくなっていた。黒魔術って?
みんなが僕を見ていた。あの人を追いかけることもできたけど、僕には今やるべきことがある。
明日何が起きるのか。少し怖くなりつつも、何か期待している不思議な気分だった。
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