4周目4話勝又3話「異世界職業おすすめランキング! 1位は意外なあの〇〇!?」

「やあ。灯本クンって将来何のジョブになりたいとかあるかなあ?」

「うーん。ちょっとまだ決めてないですね」

 将来の夢は過去に何度も聞かれたことなので、勝又さんの質問にもいつもどおり答えた。

「ふうん、じゃあボクが今からする話はきっと役に立つと思うねえ」

 勝又さんがニッコリと笑う。そして、いかにも古そうな本を取り出した。



 これはまあ日記みたいなものさ。

これには異世界の色々を記録しているんだ。たまに読み返すんだけど、気づいたら「多くの職業をしていたなあ」って思ったんだ。

 それで、未来に悩む若者にこの体験談を話せたら、なんて人類への貢献になるんだろうなってね。

 聞きたいだろう?


 だけど無料っていうのはちょっとリターンがって思うわけ。だからそうだなあ……。

 二千円っていうのはどうだい?


「まあ……。いいですけど……」

 僕は財布からちょうど入っていた二千円を勝又さんに渡した。

 どうもねえ。『痛みなくして成果なし』ってことだしね。


 じゃあランキング形式にしようか。まず一万位は『ボーイズのギャング』かな。あれはひどかったねえ、モンスターの方がマシまであったよ。次、九千九百九十九位は『いじめスライム』……。



「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「なんだい? 質問はあとから聞くよお?」

「いえ! 一万位からっていうのもそうなんですが、ギャングとかスライムとか本気なんですか?」

「本気って? ボクは実際に体験したことを話しているよ? ……ああ! ゴメンゴメン! キミにはわからないよな! わかるわけがない。この世界から出たことがないなら、わかるわけがないよなあ。ハハッ!」

 勝又さんの笑いがバカにしているようで鼻につく。でも、こういう人なんだろう。二千円無駄になっちゃったな。


「うーん。たしかにこういうのはトップから聞きたいものだよなあ」

 勝又さんが本のページを素早くめくり始めた。何か捜しているようだった。


 あったあった。じゃあ一位は……。

 『自分で職業をつくる』さ!

 いかがだったでしょうか? ってね!


「はあ……」

「おお、意外って感じだね。まあ、数々のことを体験したボクが言うんだから間違いないよ」


 僕は何と言っていいかわからなくなった。ファンタジーではない現実的な回答だったけど、結局「好きなことをすればいい」みたいな、あやふやにされた感じだ。

「その……。もっと具体的なものが聞きたかったんですが……」

「あー、これだから。初心者は物事を焦りすぎるんだよねえ。いいかい? ボクが言いたいのはね『職業は方法や肩書に過ぎない』ってことだよ」

「灯本クン。キミという生き方は『灯本 継一』という名前でしか表せないよねえ」

「はあ……」

 勝又さんがニヤニヤとこちらを見る。

 僕はこんな人みたいに生きていくのは嫌だな。



「『灯本継一』」



 突然、私の目の前が真っ暗になった。同時に身体が重くなり、パソコンがある机に倒れてしまう。



 吐き気もある。何がない。身体がない。そんなことはない。わかった。名前がない。

 そうだ。



 私は『灯本継一』ではない!





 すっと身体が楽になった。部屋を見渡すと、いつもどおりの十八時十八分だった。

 今さっきのは……。何か自分が自分ではなくなるような、そんな気がした。いや、本当の自分があることを、忘れかけてしまっているような……。


 この『灯本継一』というのはゲーム中での名前だ。私は……。


 目を閉じて必死に思い出そうとするけど、出てこない。私には本当の、本当の名前があったはずだ。


 怖い想像をしてしまった。


 ゲームの世界にいる。それはそれで別にいいと思っていた。しかし、私が私ではなくなって『灯本継一』として生きていくのかもと思うと『死』に向かっているんじゃないかって。少しずつ入れ替わっている。本当の私と『灯本継一』とが。

 私の部屋のあのドアから、いつか私が出てくるのだ。そのときが私の『死』なのだろうか。




「……いや、やめよう」

 未来のことで悲観するのは私の悪い癖だ。今は今できることをしよう。きっと『ヴァーチャル・ハート・プラネット』に秘密があるはずだ。変化があるのはこれしかない。


 今さっき『私の悪い癖』だと気づいたことで、少し落ち着いた。私らしさはまだ残っているんだと思えた。

 ドアを開いた。


 ウロコ、オドラデク、ひび割れたケーゼロ、古そうな本が置いてあった。本の中には何も書かれていなかった。

「……よし」

 画面に向かう。玄関には五人。みんな知っている人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る