4周目3話江熊2話「『肉抜きフクロウ』を求めて」

「それでは……。まずみなさんに見てもらいたいものがあるのですが……」

 江熊さんは白いビニール袋から、歯車のようなものを取り出した。星型で、中央から取っ手のような棒が出ている。

「これは『オドラデク』というものです。ですが、何に使うものかよくわかりません」

 江熊さんはオドラデクを手に持ち、観察するように見回している。

「これ自体は話にあまり関係ないのですが、僕が不思議な体験をした証拠になればと思っています」

江熊さんがオドラデクを置いて、僕の方を見た。



 これは僕が十歳くらいのときの話です。僕は空を見るのが好きでした。何か手に届きそうな、深い海が頭上にあるような気分が好きだったんです。

 あるとき学校で『肉抜きフクロウ』が話題になりました。『肉抜きフクロウ』を多くの学生が見たのです。僕も見ました。

 『肉抜きフクロウ』というのは子供がつけた名前です。正式名称はわかりません。その鳥はタカやトンビのようにも見えましたが、名前はフクロウになりました。


 学校の上空を飛び回る肉抜きフクロウが学校中で噂されました。それに、よくある根も葉もない噂ではなく、多くの子供がその姿を見たらしいんです。

 いつも飛び回っているのでよく見ないとわからないんですけど。近くに来たときにわかるのが、そのフクロウの身体が「穴だらけ」であることです。模様とかでもなく、その穴から向こうの空の青色が見える本物の穴でした。


 そしてさっきも言いましたが、肉抜きフクロウはずっと飛んでいるんです。木に止まったりはせず、ずっと上空を回っているんです。

 特に危害とかは無いので、珍しそうなものとして噂されて、すぐに忘れられました。でも僕は肉抜きフクロウを「どうしても近くで見てみたい」と思ったのです。

 肉抜きフクロウは週に一回くらいの頻度で姿を表しました。学校上空が何か「なわばり」だったんですかね。そして夕方になると学校を離れて姿を消します。その後を追ってみたいといつも思っていたのですが、なかなか行動に移せずにいました。ですが夏休みに親にあれこれ話をして、肉抜きフクロウをできる限り追うことにしたのです。


 夏休みが始まると僕はほとんど誰も居ない学校に毎日行きました。フクロウがいない日は昼からいなかったので楽でしたね。そしてすぐに、いつもどおり肉抜きフクロウが飛んでいる姿を捉えたのです。

 僕はじっと観察しました。夏の太陽を見ないように気をつけて、夕方まで見ていました。

 そして夕方、肉抜きフクロウは予想通りどこかに去っていきました。飛んでいく方向を記録して、姿が見えなくなるまで見ていましたね。学校は町の高台にあったので、どこに行ったのかよく見えます。それで地図で去った方向を確かめると、『砦丘公園』に行ったのだとわかりました。


 灯本さんも行ったことあると思いますが、砦丘公園は丘の上にある公園で、そこを越えた後見えなくなったのですね。

 その日の後も毎日学校に行き、フクロウを待ちました。無事にフクロウがいたら急いで自転車に乗って砦丘公園に走ります。公園まで長い階段を登り、夕方を待ちました。


 そして夕方。肉抜きフクロウが水色とオレンジ色の空からやって来ました。

 あのときの光景は忘れられませんね。今までで一番近くで見れたのですから。黒い羽に、まだらのような穴。死骸に見えるようで、どの鳥よりも生き生きと空を飛び回る......。

 それで、肉抜きフクロウは砦丘公園からまたさらに海に向かって飛んでいきました。どこに行ったと思います?


 地図で確認すると、その方向には『砂潟の洞窟』があります。

 そうです。肉抜きフクロウは『砂潟の洞窟』に帰っていたのです。

 あの洞窟は仮想市の七不思議にもなっている場所で「まさにピッタリだ」と思いましたね。


 そして次に学校で目撃した日。僕は自転車に乗って砂潟の洞窟に走りました。学校から砦丘公園まで約三キロメートルで、公園から砂潟の洞窟までも約三キロ。砂潟の洞窟に着いたのは三時くらいでした。


 僕は砂潟の洞窟に行ったことがなかったので、ついでに散策しようと思いました。もしかすると肉抜きフクロウの巣があるかもしれませんからね。

 海岸を歩きながら思ったことは「意外と綺麗だった」ことですね。島のような地形で、海辺といえば漂着物で溢れているイメージがあったので……。

 例の砂潟の洞窟も見ることができました。看板に洞窟の言い伝えが書いてあって、面白かったです。


 島を一周して、まだ日が暮れるには早いくらいでした。それで、またまわってみようと今度は島の中心の方へ、そっちを見て歩きました。

 すると、前の方に人がいたんです。男性でしたね。白い姿で、たぶんあれは白衣を着ていたんだと思います。僕はこっそりと後をつけてみました。もしかすると、僕と同じ肉抜きフクロウの調査に来ているのかもしれないと思ったからです。

 後をつけていると、その人は砂潟の洞窟よりも島の奥に入ったところ、そこに海流でできたであろう「アーチ型の短い岩のトンネル」があったのですが、そこに入っていきました。日陰なのでよく見えなくなります。

 僕もその岩のトンネルに、足音をたてないようこっそりと入り、ゆっくりとトンネルの出口から外を見ました。

 しかし、その人の姿はありませんでした。


 僕は少しゾッとしました。もしかして「気づかれた」のかと。今考えると、なんで自分がコソコソしていたのかはわかりませんが。

 慎重に周囲を歩いたのですが、その人はどこにも見当たりません。周りは海なので、行ける場所は限られています。

 僕はさっきのトンネルに戻りました。ここあたりであの人が消えたのと、少し休みたかったからです。岩のトンネルの中はひんやりとしていて、海が島を削っていくようで……、大きな時間の流れを感じるようで……、印象に残ってますね。


 しばらく陰にいたので、目が慣れてきたんですね。すると、岩壁に妙なものを見つけたのです。不自然に岩にまっすぐな線が入っているのです。まるで『ドア』があるような……。


 僕は岩のそれを掴みました。岩のドアはするりと開いて、先には明かりで照らされた下り階段がありました。

 僕はそのときとてもドキドキしていましたね。肉抜きフクロウを追っていたのが、秘密基地を見つけてしまったのですから。きっとあの白衣の人もここに居るに違いない。ただもし見つかったらと思うと……。今の僕なら行かなかったと思います。でもそのときは興奮していたんです。


 固い岩でできた階段を音がしないように下り、広い部屋に出ました。中身はどこの家にもありそうな家具で、テーブル、冷蔵庫、テレビ、キッチン、壁にはカレンダー、あと……。二つドアがありました。

 そんな部屋に、一つよくわからないものがありました。テーブルの上に星型の歯車のようなものです。そう、ここにあるオドラデクですね。

 僕は慎重にそれを手に取りました。何に使うのかわからない、魔法のアイテムだと思いました。

「ウーさんですかー?」



 ドアから声がしました。たぶん女性です。すぐにドアが開きました。あのときはびっくりして動けなかったです。

「あら……」



 その人と目が合いました。三十歳くらいで、たぶん白衣を着ていて、色白で綺麗で……。

 えーと。まああのとき追っていた白衣の男性とは別の人でした。

 それで、僕はその人と会ってどうなったと思います?



「ごめんなさい!」

 僕はそう言って階段をかけ上りました。ドアは開いたままにしておいたので、出た後すぐに閉めました。後ろから

 「まって!」と聞こえた気がしましたが……。

 僕は怖くなって走りました。罪悪感もありましたね。


 自分の自転車について、後ろを見ると誰もいません。もうすぐ夕方になるころでした。手には握ったままの謎の部品、オドラデクがあります。

 「このまま残って肉抜きフクロウを待つ」か「追いかけてくる前に今すぐここを離れるか」そんな考えが頭を巡ってました。

 それで僕はどうしたと思います?



 僕は自転車に乗ったまま、夕暮れを待つことにしました。肉抜きフクロウがこちらに来ることはわかっていたので、いつでも逃げられるようにして待ったのです。


 そして、太陽が沈むころ町の空からやって来ました。高く飛んでいたのでよく見えなかったのですが、夕暮れ色が透けて神々しかったですね。

 僕は期待していました。こちらに近づく肉抜きフクロウが、どこに降りるのか。

 肉抜きフクロウは砂潟の洞窟がある場所を飛び越し、島の奥に行ってしまいました。そして姿を表しません。つまり……。

 あの謎の秘密基地と肉抜きフクロウは関係がある。そうだと思えませんか?



 その日は満足感と罪悪感でいっぱいでした。遅かったので家に帰り、また次の日も砂潟の洞窟に行きました。

 あの岩のトンネルに……。そう思っていたのですが、あの岩壁をいくら調べても隠されたドアはありませんでした。きっとバレたから消してしまったのか……。僕はがっかりとしました。今思えばドアに鍵をかけていただけに思うので、ノックをしたり声を出したら開けてくれたかもしれません。でもそのときは「謎の力によってドアが消滅した」と信じていました。


 ドアが無くなったのにあわせて、肉抜きフクロウも姿を表さなくなりました。学校にも公園にもどこにもです。

 僕は落ち込みましたが、同時になぜか安心を覚えましたね。自分が何か特別なものを追っていたことと、いなくなったことでもう影響がないことと……。それに僕にはあのときの証拠があります。


 このオドラデクは僕の宝物です。肉抜きフクロウやあの秘密基地が何なのか、僕にはわからない……。でもたしかに存在したのです。何が目的か、何のために……。もう五年経っているので、きっと仮想市からいなくなっていると思います。そう考えると「あのときもっと調べていれば……」という後悔でいっぱいになるのです。しかし、「わからないものはわからないままにしておく」のもいいかなと……。でも……。



「灯本さん。もしよかったら一緒に洞窟に行ってみませんか?」

 江熊さんが真剣な目でこちらを見る。

「え、はい。いいですよ! 僕も興味があります!」

 江熊さんの顔がやわらかくなった。

 ありがとうございます……。きっと、まだ痕跡があるはずです……」

 江熊さんがうつむいてしまった。身体がこわばっているようだった。

「あの、大丈夫ですか?」

「はいっ……。その、ありがとうございます……。僕、昔から友達がいなくて……。それで、この話も信じてもらえるのかなって……」

「嘘だと思ってませんよ! 今度行きましょう! ね!」

「ありがとうございますっ……」

 江熊さんはうつむいたまま、手を伸ばしてきた。僕はその手をかたく握った。

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