4周目1話巻紙1話「黒神さま-仮想市七不思議『岡越潮』」
「こんにちは! 灯本さんですよね? 話は聞いてますよー。仮想市の特集ですってねえ! 私何でも知っているので、何でも話しちゃいますよー」
日に焼けて髪は短い。活発そうだ。僕と同じ高校の制服を着ている。たぶん後輩だろう。
「マキガミナズナって言います!」
テーブルの上の紙に『巻紙なずな』と書いた。
「よろしくお願いします!」
巻紙さんが頭を下げる。僕も慌てて下げ返した。
みなさん『黒神さま』って知っていますか?
仮想市に伝わる七不思議の一つ「岡越潮(おかごじお)」に関わっているのですが、意外と知られていないんですよねー。
まず『岡越潮』からです。市のホームページにも紹介されていて、
『岡越潮は仮想市の市街地含めた周辺にありました。海から山を挟んで離れているにも関わらず地底から塩が湧き出る場所です。かつてはこの塩を利用し製塩業を営む人が多くいました。現在は区画整理により見ることはできません。』
ですって。
それで、さらに岡越潮について調べてみると、仮想市の七不思議『黒神石』につながるんです。『黒神石』は黒神石公園にある黒い複数の岩のことですね。
『黒神石』も岡越潮と同じように、海から離れているにも関わらず、岩礁が並んでいる不思議なポイントです。
この二つから、仮想市はかつて海の底にあったと考えられているんですよねー。黒神石には『黒神さま』という神がいて、豊穣の神なんですよー。
そう『黒神さま』が……。
それで……。
巻紙さんは黙ってしまった。さっきまで止まらないくらい話していたのにどうしたんだろう。
「高枠さん! あなたが『黒神さま』ですよね?」
高枠さんが目を見開く。
「俺?」
「ええ! 知っているんですよ。こういう会にも来ると思ってました!」
「おいおい、意味がわからないぞ」
高枠さんが巻紙さんを冷めた目で見ている。巻紙は気にしていないようだった。
「あのう、巻紙さん。説明をお願いしてもいいですか?」
「ええ! これは昔。私が十二歳くらいのときの話です」
みなさんは『黒神石失踪事件』をご存知ですか?
黒神石付近で男子高校生が見られたのを最後に失踪してしまったという事件です。
そして、その目撃者というのが私です。
それで……。
私は黒神石公園の外にいました。たまたま通りがかったんですね。公園の外から黒神石を見ていると、二人の男性がいたんです。二人共学生ぽかったんですが、私がまばたきをした瞬間『二人共消えてしまった』んです!
それが後でおおごとになって、私はそのときのことを周りの人に話しました。でもみんな『消えたのは一人』だっていうんです。私は確かに二人いるのを見ました!
それで……。
高枠さんがそのうちの一人だったんです!
今見ても顔が変わってないんです!
「ふん。それで。俺が黒神さまだって?」
高枠さんが呆れたように言った。
「ええ。私、記憶はいいんです」
「そうかい。でも俺は黒神さまじゃあない。別人だよ」
「いいえ。あのときと同じ顔です! それに証拠だってあるんですよ」
巻紙さんはハンカチで包まれた何かを出した。慎重に広げると、中には一枚の黒い円盤みたいなものがあった。光に反射した部分が虹色に光って見える。
「これは『ウロコ』なんです。あのとき二人が消えたとき私はその場に走りました」
「黒神石のそばにいた二人が消えて、代わりに地面にこのウロコが落ちていたんです。」
「色々調べたのですが、このウロコの持ち主はわかりませんでした。でも、高枠さんを見たときつながったんです!」
巻紙さんは高枠さんの方を見て、自身の首に手を当てた。
「高枠さん。『乾燥していると首にウロコが出る』んですね?」
高枠さんがジッと巻紙さんを睨んでいる。
「あ、あれー? 首にウロコが出てますよ?」
「そんなのに引っかかるわけないだろ」
「いえ! 『高枠さんが黒神さま』で、あの学生をさらったんでしょう! そのときこのウロコを落とした! 私、そうとしか思えないんですよ!」
「違う! 俺は黒神さまじゃあねえ! 俺に似た誰かと間違えてるんだろ!」
「そーですか。いいですよー。高枠さんが黒神さまじゃないってことで。でもそれじゃあ何者なんですかねー」
「さあな」
巻紙さんが僕の方を向いた。
「私が事件の現場を見ていたのは確かなんですよ。それに、事件というのは一つだけじゃないんです」
「もうっ……やめろっ!」
高枠さんが怒鳴った。
「……いいよ。誤解されたままっていうのは面倒だからな。」
いいか? 手短に話すけどよ。あのとき確かに俺たちは黒神石公園に居た。
消えたやつは『マサル』ってやつで、学校帰りに公園に寄ったんだよ。
それで……俺たちは万引きをした後だったんだよ! 人が来た気配がしたから石の裏に隠れて逃げた! それだけだ。マサルのやつは罪悪感から……、死んだんじゃねえのか。ウロコとかも何も知らん! たまたま落ちてたんだろ。
「そうですか……」
巻紙はしょんぼりとした顔でうつむいた。
「ああ、それに黒神さまにはウロコがない。俺じゃあないってことだ」
「……そうなんですか? 私初めて知りましたよ」
高枠の一言を巻紙さんは聞き逃さなかった。
「……この話は終わりだ」
高枠さんが腕をくんで鼻で大きく息を吐いた。
「灯本さん」
巻紙さんが口に手を当てて、こっそりと話したそうにしている。
「私『高枠さんが嘘をついている』って思うんです。黒神さまじゃあないっていうのはホントっぽいんですけど……」
高枠さんに目を向けると、目を閉じたまま首を触っている。一瞬高枠の首筋が逆立ったウロコでできているように見えた。
「なあ灯本。ちょっと言いたいことがあるから外でいいか?」
高枠さんが立ち上がる。
「はい。いいですけど……」
僕も立ち上がり家の外に出た。外は薄暗く家から光が漏れている。
「さっきの話、お前どう思う?」
「えっと……。巻紙さんが言っていたことはありえなくはないかなと……」
「ふーん。そうか」
薄暗くてよくわからないが、高枠さんが笑っている気がする。
「じゃあ俺が今から言うこともありえなくないって思ってくれるよな」
「まあ……。なんでも最初から嘘だと思うのはどうかなと思いますから」
「そうか。じゃあさっき俺がした話は忘れてくれ。実はだな……」
高枠さんの声がより小さくなった。
巻紙がなんであんなに『黒神さま』に執着しているか。
それは巻紙が『黒神石』で生まれたからだ。
夜中で周りには誰もいない。それなのに生まれたばかりの赤ちゃんがいるとな。聞いた話ではへその緒も付いていたって話だ。周囲の住民が泣き声に気づいて保護されたんだがな。それで一時期『黒神さまの子』として噂されてたんだ。本当の親は未だに不明。
巻紙は仮想市の『黒神さま』を捜している。自分の親だと思ってな。
「そうだったんですか……」
「ああ。本人の前で話すのもなんだと思ってな」
『黒神さまの子』と言われていたなんて知らなかった。
「……あれ?」
「なんだ?」
「高枠さんとその、マサルさんの話ってなんだったんですか?」
「ああそれは……本当さ」
「はあ」
「戻ろうぜ」
高枠さんが僕に背中を向け家に入ろうとする。ただ、首にびっしりと黒いウロコのようなものが生えていたのを僕ははっきりと見た。
「どうした?」
「いえ、ちょっと話がこんがらがっちゃって……」
「そうか。寒いしもう入るぜ」
ドアが閉まった音。
あのウロコは魚のようなウロコだった。高枠さんは「関係ない」って言っているけど、絶対に何か『黒神さま』と関係があると僕は思う。
中に戻ると巻紙さんが明るい顔で近づいてきた。
「何か聞けましたか!?」
高枠さんが座りながらこちらを見ている。
「いえ、何も……」
「うそだあー。後で絶対聞かせてくださいねー」
巻紙さんが僕の胸をつついてきた。僕は少しドキッとした。みんなが見ていたので会を進めることにした。
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