3周目4話柔1話「あなたが好きなのは私」

「私、やっぱり話さないから」


 四人目の最後に話すと思っていた女性が、きっぱりと言った。

「えっ、どうして……ですか?」

 僕は少し声を抑えながら言った。この人からは何か怖い雰囲気を感じる。

「あなたが嫌いなのよ」


 僕は声が出なかった。

「そのお。何か……しましたでしょうか……?」

 平静を保っているつもりだけど、声は震えていた。

「いいえ。だけど嫌いな顔ね。それに雰囲気も。こういうのを生理的に無理って言うのかしら」

(ひえっ……)

 なんでいきなり、そんなことを言われなくちゃいけないんだろう。自分で言うのも何だけど、そんなに変じゃないと思うけど……。

「でもいいわ。約束を破るのは私らしくないから」

「でもその前にいくつか質問をさせてちょうだい。それで話すかどうか決めるから」



「『私の名前』を言ってみて? 灯本君、あなたならわかるよね?」


「えっ」

 僕はこの人と会ったことはない……と思う。わかることは……。服装が僕や高枠さんと同じ高校の制服だった。おそらく学校つながりだろう。先輩なのかな? 髪は黒くてストレートで美人な感じだけど、こちらを睨んでいるような目が怖い。一目見たら忘れなさそうな、美しいような恐ろしいような雰囲気がある。

ただ過去に会ったことは……。


「その……。すみません。わかりません……」

 僕は申し訳なさそうに言った。

「そう。知らないならいいわ。初対面だしね」

 意外な反応だった。てっきりまた怒られると思ってたけど……。というか本当に初対面だったんだ。じゃあ知らなくて当然じゃないか。


「私はヤワラ。『柔』って書いて『ヤワラ』って読むの」

「それで、灯本君。あなた『黒神石失踪事件』を知っているかしら?」

 今度は難なく答えられた。

「いえ、知らないです。柔さんはその『黒神石失踪事件』について話してくださるんですか?」

「いいえ、違う。知っていたらよかったのにね。じゃあ『砂潟洞窟失踪事件』は知っている?」

「すみません……。それも知らないです」

 柔さんは大きくため息をついた。


「そう……。よかった。じゃあ最後に」

「あなた私のことを好きよね?」


(ええっ!)

 僕はあまりにも突然で驚いた。柔さんがじっとこちらを見ている。表情は変わらず、当たり前なことを聞いているような表情だ。

「え、えっと……」

 僕は女性とそういう話になったことがない。頭の中が真っ白になった。

「ま、まだ好きとか嫌いとかわからないなあというか……」

「嘘ね。はっきり胸の内を言いなさい」


 好きか嫌いかで言うと、今あなたのことを嫌いになりそうだ。

 鋭く返ってきた返事は怖い。だけど僕のことを何か決めつけている態度は嫌いだ。

 決めつけているような態度に何か言い返さないと。

 僕は右手を握った。

「いえ。本当にわからないんです。そもそも初対面ですよね? なんで好きとかわかるんですか?」


 柔さんは少し顔を歪めた。イラついたような、面倒そうな表情だった。

「いいえ、初対面じゃないの」

「柔さんのさっきの発言は嘘だったってことですか?」

「嘘じゃない。私はあなたのことを知っている。あなたは忘れたのかも知れないけど」

 また大きくため息をついた。


「いいわ。あなたが忘れたってことで。でも質問に答えてくれないんだったら、話さない」

 そう言うと柔は立ち上がって部屋から出た。

「あっ、ちょっと!」

 僕は止めようと声をかけるが、聞く耳を持たない。そしてなぜか柔さんは玄関ではなく、階段を上っていた。


「ちょ、ちょっと! 勝手に上がらないでください!」

「あなたの部屋にあるはずなのよ」

 怒ったようにドンドンと踏み鳴らして階段を上る。


 ゴッゴッ


 私の部屋のドアから音がする。

 画面の中では私の部屋の前に、柔と自分がいる。


「なんで開かないの?」


 ドアには鍵がついていない。そして、ドアからは声はしない。ゲームの中だけで話している。


「ちょっとやめてくださいよ!」


 ドアの奥で私が柔さんを止めようとする。


 ゴッゴッゴッ


 ドアからの音は大きくなる。もしかすると破られそうだ。


「わ、わかりましたから! そんなに強くしないでください!」


 ドアからの音が消えた。


「待って、胸ポケットの中を見せて」

 柔さんが腕を伸ばして学生服の胸ポケットに手を入れた。そして何かを取り出した。



「ほら! やっぱり持ってたじゃない!」

 柔さんが持っていたのは手に収まるくらいの四角い紺色の布だった。柔さんは目を閉じて、布を鼻に押し当て嗅いでいる。


「そんなのが入ってたなんて……。知りませんでした」

「そう。でもこれが証拠。あなたが私と共に過ごした日々のね。はい、大事に持っていてね」

「ごめんね? さっきは色々曖昧なことを言って。だけどもう大丈夫。また今度ね」

 そう言って柔さんは階段を下りていった。



「いったいあの人はなんだったんだ?」

 僕の胸ポケットにはさっきの布が入っている。取り出してよく見ると、紺色に黒いシミのようなものがついている。

 これってもしかして、血?

 玄関で音がする。柔さん、帰ったんだろう。



 コンコン


 画面から目を離して、ドアに向かう。ドアを開けるとまた物が置かれていた。

 赤い樹が描かれた紙、白いフィルムケース、そして血がついた紺色の四角い布。

(あれっ)

 江熊が言っていた『雨鳴』と思われるものがなかった。そういうこともあるのか。

 私がドアを閉めたとき、耳の奥から「ジュッ」と焼ける音がした。

 ただ、すぐ聞こえなくなったので、座って画面に向かった。

 玄関には高枠、勝又、江熊、そしてまた知らない女性が一人立っていた。

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