3周目2話勝又2話「超楽勝! 経験値の稼ぎ方 ~翼樹紙を添えて~」
「じゃあ、次はボクが話そうかな」
勝又さんが白い歯を見せてニッコリと笑う。初めて会うはずなのに、なぜだか不安な気持ちになった。
これはボクが数々の異世界を旅してきて得た経験談さ。
みんな『経験値』ってわかるよね?
誰でもわかるよねえ。集めるとレベルアップしてどんどん強くなる。弱いモンスターでも多く倒せば限界までレベルアップすることもできるから、無駄な経験はないって思えていいよねえ。
だけど経験値はジャンルで分けられているから、モンスターを倒しても商売系の経験値は上がらない。旅を進めると「もっとクエストこなすんだったー!」なあんてこともあるあるだよねえ。
それで、一万個以上の異世界を旅してきたボクが、経験値の稼ぎ方を特別に教えちゃおうかなーって思うんだよねえ。こんな話めったに聞けないよ! キミたちは幸せだねえ。
「ちょっと、ちょっと待ってください」
「ん? なんだい?」
「その、さっきから『経験値』って言っていますけど……。それってゲームの中の話ですよね?」
「ゲーム? うーん。ゲームと言えばゲームだけど……」
勝又はアゴを手で触りながら何か考えているようだった。現実離れした話だったから、ついさえぎってしまったけど、本気でそんなことを話そうと思っているのだろうか。
「あっ! もしかしてキミたち自分の経験値が見れないのかい!」
勝又さんが閃いたように大声を出す。
「そうかそうか。ボクとしたことが忘れていたよ。自分で見れない世界だったねえ。でも大丈夫! ボクはそれも経験済みさ」
勝又さんはコートのポケットから黒い革の袋を取り出した。そして革袋に手を入れると、中から紙が入ったファイルを取り出した。
ただ、革袋の大きさが勝又の手のひらくらいなのに、そのファイルは革袋よりも大きい。私は何かの錯覚で見間違えたかと思った。
「その、その袋より大きくなかったですか、それ」
「ああ。特別な袋でね。これも手に入れるのに苦労したんだよう」
革袋をつまんで左右に振ってみせた。自慢げな顔だった。
「袋の話はまた今度ということでね。ボクが見せたいのはコレさ」
勝又さんがファイルから紙を何枚か取り出した。
この紙は『翼樹紙(ヨクジュシ)』ってものでね。とある異世界じゃ流行だったんだ。『翼樹』っていう木からつくられた紙で、面白いんだよお。
翼樹紙は特殊な紙でね、普通に書いたり折ったりできるんだけど別の使いみちがあってえ。表面に目に見えないくらいの、細かい脈や節があるんだ。そしてこれにインクを垂らすと、その脈にそって広がる。これが現在の状態や未来を示すとか言われているんだよねえ。
それで、もちろんやるよね?
一回千円でいいよお。じゃあ最初は灯本クンから。
「えっ」
まさかお金を取るとは思わなかった。一応財布には二千円入っているけど……。
「じゃあまず指を出してくれるかな?」
勝又さんは戸惑う私をよそに準備をする。ここまで話されてやらないのも仕方がないので、左手を出した。
勝又さんの大きな手が左手の中指をつつむ。
「じゃあちょっとチクッと……」
「痛っ!」
中指に何か刺さる。慌てて引き抜くと真っ赤な血が出ていた。
「そして、こう!」
引っ込めた手を勝又さんがつかんで、僕の中指を紙に押し付けた。指の先が熱い。
「おっ。できてるできてる」
僕の指から出た血が紙の上を進んでいる。じっと見ていると、ゆっくりと血が枝分かれして、網のような葉脈がつくられている。
「いいねえ。この世界でも使えてよかったよお」
勝又さんが僕の手を放す。中指にはべっとりと血がついてしまっている。
「ふーむ。これはこれは……」
勝又さんはアゴを触りながら、紙の上にできた赤い模様を見ている。
「なるほど。とても興味深い翼樹だねえ。少し調べるから手を洗ってきなよ」
「……はあ。そうですか」
僕は手を洗いに席を立った。服などに血をつけないように気をつける。
血は水でキレイに流れた。ただ、中指の腹を見てもどこから血が出ていたのかわからなかった。いつの間に治ったのだろうか。
やあ、灯本クンおかえり。
キミは珍しいパターンだったから、ちょっと本で調べたんだけどお……。
キミは実は『生きていない』よね?
翼樹の一番左の枝が生命を示すんだ。その枝が無い。正しく言うと、最初の枝分かれの左側の枝が無い。これは翼樹の『生命枝』って言われていて、歳をとるほどこの枝は短くなっていくんだ。キミは既に亡くなった人と同じ枝をしている。キミは『死んでいる』んだ。
「そんなわけないですよ!」
この人は何を言っているんだろう。僕は生きているのに。
「いーや、死んでるね。だけどボクは気にしないよ。死んだまま生きている人なんてたくさん見てきたからね」
勝又さんがにやけながら言う。この人はさっきから異世界とか言っていたけど、本当なんだろうか?
あまり言いたくないけど、頭が変というか……。
「死んでいたとしたらどうして話せるんですか?」
「さあねえ。ボクにはわからないよ。この世界では復活魔法も一般的じゃないようだしね。ウイルスでゾンビにでもなっているんじゃないかな。ハハッ」
むかつくなあ。話しながら両手を天井に広げるポーズがむかつく。
「まあいいや。本題は経験値だったね。翼樹の結果を見ていくと、灯本クンの戦闘経験値はほぼゼロ。運動系は五百くらいだから、そこそこできるようだね。信仰は百。交渉四十。投資二十。料理二百。演奏ほぼゼロ。大工ほぼ百。裁縫三十。錬金術ほぼゼロ。乗馬ほぼゼロ。窃盗ほぼゼロ。魔法もほぼゼロ……」
勝又さんが読み上げるものの中でよくわからないものがいくつかある。だけど途中で止めると面倒なことになりそうだから黙って聞く。
「……と。これらが灯本クン。キミの今の経験値さ」
「そうですか」
「身に覚えがあるものが多かったんじゃないかな。それで、どれを伸ばしたいんだい?」
「……ちょっとよくわからないので、オススメなもので」
「オススメだってえ? ふーむ。そうだねえ……」
「キミは戦闘はしなさそうだから剣や槍系は必要ないね。魔法系もキミには向いていないなあ、才能が必要なこともあるしね。ボク的にはやっぱりつぶしが効くのは成長系だねえ。これは成長をするたびに成長しやすくなるスキルを取得できるんだ。いわゆる知力ってやつだね。若いんだしいいと思うよお」
勝又さんが早口でしゃべる。
「じゃあ秘訣を教える前にお代をいただこうかな。二千円ね」
「えっ、千円じゃないんですか」
「翼樹紙で千円。教えるのに千円さ。それでも安いもんだよお」
勝手に値段を上げるなんてヒドい人だ! 話の内容も信じられないし、このまま話を続けると色々ふっかけられそうだ。もうこの人との話を終わりにしよう。
「はあ。わかったんで、話したら次の人の話に移りますよ」
「ああ、それでいいよお。じゃあ、お代を」
僕は千円を二枚渡した。
「よっしゃああああああああああ!」
「レベラッ! レベラッ! レベラッ!」
勝又が立ち上がって叫んでいる。
僕は驚いて何も言えなかった。
「いやー、ごめんごめん。レベルアップするときはいつでも嬉しいものでねえ。ボクの『虚偽』の経験値が貯まったのさ。どうもねハハッ」
「ふう……。じゃあ次の人どうぞー」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ。さっきまでの話って」
「もちろん、ボクのウソ混じりさ。だけどボクはレベルアップしたからね。ボクみたいに成長したかったら、ボクと同じことをやればいいのさ」
もうこの人と話すのはやめよう。
私は赤い樹が描かれた紙を机の端にずらして、次に話す人の方へ向いた。
(あれっ)
赤い樹が伸びている気がした。特に右側の枝が放射状に伸びている。動かしたからだろうか。それとも経験値が……。
勝又さんの満足したような笑顔。
やっぱり気のせいだろう。全部ウソの話だったんだ。
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