3周目1話江熊1話「『雨鳴』という生き物について」
「僕はエグママスミって言います」
『江熊 真純』と書くらしい。
「本日は招いてくださりありがとうございます。こういう集まりは苦手で、無礼があるかもしれませんがよろしくおねがいします」
「はい。よろしくおねがいします」
江熊さんは軽くうなずいて、手を伸ばしてきた。私も手を伸ばし握手をした。日にあたっていなさそうな白い肌で、冷たく感じる。
メガネをかけており目を合わせようとしないので、暗い印象を受ける。ただ、江熊は仮想市の中学校の制服を着ていた。僕の通っていた中学校と同じだった。少し親近感が湧くなあ。
「その、さっそく話そうと思うのですが……」
江熊さんがうつむいたまま目だけで見てくるので、少し怖い。本当に集まりが苦手なんだろう。
「はい、お願いします」
「はい……」
みなさんはじめまして。改めて自己紹介をしたいと思うのですが……、大丈夫ですね。
僕の名前は『江熊真純』と言います。ただ、これは本当の名前ではないんです。本当の名前は……。親しくなった人にだけ言おうと思ってます。この会で友人ができたらなと思って参加しました。
それで。こんな話をしたのにはわけがあります。僕は仮想市で生まれたわけではなく、もっと遠いところで生まれました。色々あって、仮想市で育ったんですが。
僕の生まれた土地では『雨鳴(アマナリ)』という生き物がいます。みなさん耳にしたことはないでしょうけど。
なにせ『雨鳴』という名前も僕が勝手につけましたから。だからといって架空の生き物ではないんですよ。僕の生まれた土地の言葉を訳したらそうなると思います。
この雨鳴は耳の鼓膜に寄生して、耳垢とかを食べて生きています。そして大きな特徴として寄生された人は『雨の音が聞こえる』ようになります。
これは耳の中の雨鳴が気圧の変化などに反応しているからだと考えられています。雨鳴は水に弱いので、それの警告なんでしょう。
僕の生まれた土地ではこの雨鳴を使って天気を予測することもしていました。
雨が近づいてくると『雨の音』がしてくるのです。
みなさんの中に『雨の音』を聴いたことがある人はいますか?
紙をゆっくり破いたような音です。「ジィゥゥ」といったような。
この中にはいないようですね。まあそうだと思ってました。でも灯本さん。あなたは近々聴こえるようになりますよ……。
「えっ。どういうことですか」
私は思わず聞き返した。江熊さんはうつむいたまま続ける。
雨鳴は鼓膜だけではなく、皮膚の全体に広がって生息します。ですので雨鳴を持っている人に触れると、雨鳴はその人にも寄生します。
ただ安心してください。水で流せば雨鳴は死滅します。耳の穴に水を入れるだけでいいのです。
ただ、雨鳴を最初から持っている人もいます。そういう人は一生雨の音が聴こえてきます。
最初から持っている人というのはある家系に生まれた人のことです。その家系では雨鳴は親から受け継がれます。産まれるときには既に鼓膜の内側にいます。そして、鼓膜の内側から雨鳴が染み出して皮膚を覆います。なにか手術をしない限り鼓膜の内側で雨鳴が生まれてきます。
その家系というのが……僕です。
そしてなんでこんな話をしたのかというと……。
江熊さんは視線を床に落として、何も話さなくなってしまった。
「なぜこのような話を……」
自分はそう言ったはずだった。ただ「自分の声が自分に聴こえなかった」。江熊はこちらを見ながら口を動かしているが、何も聴こえない。
私は両耳を塞ぐように触った。すると、かすかに「ジュゥゥゥ」という音がする。水が蒸発するような音だった。
(これが雨鳴か!)
江熊さんが机の上に置いてあったコップを持ってこちらに差し出してくる。私はすぐにさっきの話を思い出した。
頭を傾けて、コップから水を耳の穴に流し込んだ。
「大丈夫ですか……」
聴こえてきたのは江熊さんの少し不安そうな声だった。耳の中の水を指でかき出す。みんなが見ているけどしかたがない。
「慣れないと何も聴こえないですよね」
江熊さんは嬉しそうだった。まるで仲間ができたような感じで。
もう片方の耳にも水を流す。
「これが雨鳴です。もうすぐ雨が降ります。灯本さんはもうわかっているかもしれませんが……」
正直、中学生のときにありがちな妄想の話だと思っていた。こんな生き物? がいる土地っていったいどこなんだろう。話を戻さないと。
「耳はもう大丈夫です。治りました。それでその、なぜこのような話をしたんですか?」
「ああ、はい。そこから聴こえなかったんですね……」
「実は、僕は別の惑星から来たんです」
「さっきの話に出てきた土地というのは、僕の惑星での話です。僕の惑星が爆発する直前に船で逃げようとしました。けれど事故でこの地球に漂着したのです」
江熊さんの言っていることが信じられない。しかし顔つきは真剣で、しっかり顔を向けてこちらと目線を合わせている。
「僕以外の生き残りを捜したんですが、どこにもいませんでした。姿はみなさんと同じですが、僕は雨の音が聴こえるたびに僕の孤独を感じるんです」
早口に話す。興奮して止まらない感じだ。
「だから。だから……」
と思ったらまた下を向き、静かになってしまった。念の為、耳に指をいれる。しっかりと聴こえている。
「大丈夫ですか?」
江熊さんが顔を上げた。真剣な目だった。
「僕と友達になってくれませんか」
「……はい。なりましょう! 友達に」
私は大きな声でこたえた。ほとんど勢いで言ってしまった。江熊さんが笑ったような安心したような顔をする。
「ありがとうございます……」
そしてまた下を向いてしまった。
他の惑星から来たということは、言ってしまえば宇宙人ということなのだろうか。さっきの音が聴こえなくなったことといい、嘘をついているとは思えなかった。
「あっ」
みんなが見ている中でも、どうしても確かめたくなった。
僕は立ち上がり、閉まっていたカーテンを開いた。
窓の外は雨だった。
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