2周目2話高枠2話「チキチキキセルチキンレース」

 次は俺の番か。


 高枠さんはポケットから一枚の小さな紙切れを取り出した。机の上に置かれたそれには、

 『仮想 入場券』

と書かれていた。


 今から話すのは俺の友達の『知池 来斗』ってやつと遊びに行ったときの話なんだが。名前は伏せて公開してほしい。


 まず、俺と知池は電車に乗ってV県の中央に行こうとしたんだな。仮想市には必要最低限のものくらいしかないから、買い物とか遊びに行くとしたら電車に乗るしかない。そういえばその日は、向こうで同じ中学だったやつらと会って、遊ぶ約束だったな。

 それで朝の六時の電車に乗ることにした。……やけに朝早いと思うか?


 県の中央へは電車で一時間半かかる。しかも電車は一時間に一本だから、約束の時間に着くにはそれしかなかった。俺と知池は駅に五時四十分に待ち合わせだった。

 俺ら以外に人がいない仮想駅の券売機で切符を買おうとしたとき、知池がこんなことを言ってきた。

「なあ、ちょっと賭けてみないか。」

「賭ける?」

「一番安い入場券を買って、一つ前の駅で降りるんだよ。そしたら二千円は得するぞ」


 俺は悩んだね。明らかに犯罪だ。ただ、なんでそんなことを言ったのか気になった。

「なぜってよお。向こうのやつらは二千円の重みを知らないんだぜ。往復で四千円だ。あいつらは自転車でタダ。なんで同じ場所に遊びに行くのに多く払わないといけないんだよ」

「それによお。俺は知ってるんだ。『ウラ技』を」

 知池はニヤリと笑った。

 俺は別にルールを守るタチではないんだが、わざわざリスクが大きい方を選ぶのは嫌な性格でな。学生の二千円はたしかに大きいが、犯罪をするには安すぎると思ったんだ。

 それと、そのときたまたま目に入ったポスターに、

『無賃乗車は犯罪です。抜き打ちで乗務員が切符を確認する場合があります。』とあってな。

「いいや、俺はやらない。捕まるぞ」

「そんなこと言うなよお。ばれないって。なあ?」


 知池はしつこかった。何か根拠があるらしかった。

「実はな、部活の先輩が何度も『やってた』んだよ。それで一度もバレなかったってわけ。で『抜き打ちは絶対に無い』ってのも証拠があるんだぜ」

 変に興奮しているようだった。知池がこんなに自信を持っているのはあまり見たことがなかったな。

「じゃあ理由は電車の中で話すから、ちょっとトイレ行ってくる」


 知池の自信を見た俺は気が変わってな。

 俺は一番安い入場券を買うことにした。 帰ってきた知池に切符を見せると、背中をバンバン叩いてきたな。仮想駅には自動改札とか、そういうものは無いんだよな。来た電車に乗った。二両の電車で、二両目に乗った。

「それで、理由って何だ」

 知池は持っていたカバンから、ノートとペンを取り出した。そして、図を書きながら説明をしてきた。


「先輩が言うにはよお『抜き打ちテストのパラドックス』だってさ」

 『月火水木金』とノートに書いた。

「話としては、まず先生が『来週抜き打ちテストをする』って生徒に言う。そして仮に金曜日にテストがあるとするだろ。そしたら木曜日にいつテストがあるかわかる。次の日の金曜日だな。でもこれだと『抜き打ち』って言えないから、金曜日にテストはできない」

 そう言うとノートの金曜日にバツをつけた。


「んで、木曜日にテストがあるとすると、水曜日に木曜日か金曜日にテストがあるとわかるな。だけどさっき言ったとおり金曜日にテストは無いから、木曜日にテストがあるってわかる。これも抜き打ちじゃないから、木曜日にテストはできない」

「そして、これを他の曜日に当てはめていくと、『どの曜日も抜き打ちテストができない』ことになるんだな」

 知池は得意げな顔をして、ノートの上の曜日すべてにバツをつけていったな。

「それで『決められた期間での抜き打ちは、抜き打ちじゃないから不可能』ってことが言えるってわけ」


 俺は呆れたね。その抜き打ちテストのパラドックスの話は知っていたんだ。

「言っておくがよ。その話のオチは結局『水曜日にテストがあって、生徒はテストを予測できなかった』ってやつだぞ。本気に信じているのか」

 知池はそれを聞くと「待ってました」と言わんばかりの顔をした。

「それも知ってるよ。だけど、先輩は一度も捕まらなかったし、それに『田舎だしわざわざ確認することもしない』って、なあ」

「俺たちは一つ前の駅で降りる。そして、十五分くらい歩けばいいのさ。怖いんだったら降りてもいいぞお。待ち合わせには間に合わないかもなあ」


 俺は内心ムカついたね。知池をうまいこと説得できるようなことを言いたかったんだが、思い浮かばなかったんだ。それに、ある意味共犯でもあったからな。

「いいや、俺は切符は買ったからな。寝るから、一つ前で起こしてくれ」

「そうだな。俺たちはしっかり切符を買ったからな」

 知池は携帯電話をいじり始めた。俺は窓の流れる景色をぼんやりと眺めていた。


「次は砂潟。砂潟ー」

 目的地は終点だから、終点の前の駅の『広木』で降りればよかった。二両目だったから、運転手の姿も見えない。


「次は段鳩。段鳩ー」

 この段鳩駅の次が広木駅だ。俺は目を閉じて休んでいたけど、内心落ち着かなかったな。俺はポケットの中の切符を握って確かめていた。


「すみませんが、切符を拝見させてもらってもいいですか?」


 低い男の声が電車の後ろからした。

 途中の駅から乗ったのかもしれないな。駅員が電車の後ろから切符を確認していた。

 知池が俺の右肩を叩いてきた。

「おい。おい。ぉぃぃ」

 知池の顔は真っ白だった。この世の終わりみたいな顔をしてたぜ。

 トンネルに入って、うるさくて、知池の声は聴こえなくなったけど、駅員の声はこっちに近づいていた。

 俺はどうしたと思う?


「すみませんが、切符を拝見させてもらってもいいですか?」


 俺は駅員に切符を渡した。


「ご協力ありがとうございます」

 駅員は小さくうなずくと前の車両へ歩いていった。知池が驚いた顔で俺を見たね。


「お前、どうして」

「三倍にして返せよ」

 そう言って知池に切符を渡したな。

 俺は入場券を買うときに、念の為に『終点までの切符』を買っておいたんだ。そして知池の分も一応買っておいたんだな。

 知池のやつ肩を組んできて「ありがとう。ありがとう」ってうるさかったな。ふん。


 俺たちは無事に終点まで着いた。知池はその日遊ぶための金しか持ってなくて、結局帰りも俺が払った。別の日に返してもらったけどな。

 後から知ったんだが、知池の先輩ってやつのキセル乗車は実はバレていたらしい。鉄道会社と色々あったらしいが、知池には黙っていたんだ。駅員が確認してきたのも、その先輩がやらかしたから警戒していたんだと思う。



「灯本だっけ? 先輩として偉そうに言うが、人の目が無いからとか、どうせバレないとか。目先の物や金に、よく考えずに釣られるのはやめたほうがいい」

「結局、一番高い物は買えない物だからな。信頼とか時間とか。何かを得ようとするなら、何かを捨てなきゃいけない。気をつけろよ」


「仮想市でそんなことがあったんですね。ありがとうございました」

 パソコンの向こうの私がそう言って会をまとめた。時計を見ると「二十時十八」分だった。窓の外もさっきより暗く感じる。一応時間は経っているらしい。ノートにはさっきまでの会話がずらっと並んでいる。

 そういえば、前は会が終わった後に寝てしまったんだった。今度はしっかり起きておかないと。


 ふと気がつくと、画面の中の私がリビングからいなくなっていた。階段を上がっている。そして、自分の部屋の前で立ち止まった。


 コンコン


 僕の部屋のドアから響いてきた。ゲームの音ではない。誰かがいる音だ。


 コンコン


 画面を見ると、変わらず私がドアの前にいる。

 今ドアを開けると誰が。

 もしかしたら親が仕事から帰ってきたのかもしれない。だけどこの静かさはおかしい。ドアには鍵が無いから親ならすぐに開けるはずだ。ドアからはノックしか聞こえない。


 ゆっくりとドアの方へ近づく。万が一のために右手にペンを握った。左手でドアノブに手をかける。

 ドアノブを押し込み、ゆっくりとドアを引く。向こうからのノックが消えた。


 隙間から向こうを覗こうとも思った。だけどその隙間から襲ってきたらと思うと、一思いに開けようと思った。

 息を大きく吸う。

 「えいっ!」


 ドアが勢いよく端にぶつかる。

 ドアの向こうには暗い廊下しかなかった。誰もいなかった。


 ただ、ドアの前に二つ物が置かれていた。おそるおそる触れてみる。

「これって……」


 一つは手の上に乗るくらいの四角い箱だった。

 もう一つは『仮想 入場券』と書かれたオレンジ色の切符だった。


 さっきの話に出てきた物だ。

 廊下の奥を覗いても他に何もなかった。

 ドアを閉めて、机の上に二つを置いた。四角い箱を開けると、眼玉がこちらを見ていた。濃い赤色の瞳だった。気持ち悪くなったのですぐに箱を閉じた。


 なぜゲームの中の物が、部屋の前に置かれていたのか。

 私はゲームの中にいるのかもしれない。

 すぐにそう考えた。だけど、そんなことがあるのだろうか。

 部屋の外には出られない。画面の向こうにあった四角い箱と切符がここに存在する。ゲームの中と連動しているとしか思えない。

 パソコンの時計を見ると十八時十八分だった。そして、画面の向こうの私は玄関にいた。玄関には高枠さんと勝又さん。そして二人の男女が立っていた。

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