2周目1話勝又1話「本質眼-君の瞳に恋してる-」

「やあ、はじめまして」

 高枠さんの隣の男性が軽やかに言う。外国人のような顔つきと大きな体格だ。真っ黒なコートを着ていて、少し怖い。

「ボクの名前はサン・ジャイルって言うんだ。サンさんって呼んでいいからね」

 サンさんが立ち上がりそうなくらい前かがみになって話す。背が高いから、向かいに座っていてもぶつかりそうだ。

「あの、お名前をここに」

「はいはい、いいよお」

 「勝又 勇」と慣れた手つきで書く。

「えっ、これで『サン』って読むんですか」

 サンさんは「あっ」という顔をして、

「いやこれは別世界での名前なんだ」

 と早口に言った。

「はあ、別世界……」

「まあ……好きに呼んでいいよお」

「では呼びやすいので勝又さんということで」

「いいよお。『勇者』って呼んでもいいしね。ハハッ」

 僕はこれ以上名前について聞かないことにした。何か深い事情があるのだろう。

「もういいだろ、始めようぜ」

 高枠さんがイライラした様子で僕をにらむ。

「じゃあ、ボクから話そうかな」

 勝又さんが背もたれに深く身体をあずけた。



 ハハッ。突然だけど、灯本クンは「押しに弱いタイプ」だろう? それで「カノジョとかいたことない」だろう?

 勝又さんが得意げに言う。いきなり何を言っているんだろう。僕が微妙な顔をして返事に困っているのを見ると、勝又さんは手のひらを前に、勢いよく出して見せた。

 いや、言わなくていい。ボクにはわかるんだ。なぜか知りたいかい? 秘密はね、コレさ。


 このボクの『右目』をよーく見てごらん。きみに見えるかな?

 僕は勝又さんの大きく開いた眼を覗いた。濃い赤い瞳をしている。何かコンタクトレンズを入れているのだろうか。


 これはね「見た人の能力が見える」、ステータスが見えるのさ。他にも色々見えるぞ。特にキミの協調性Aはランクで、誰とでもうまくやれるけど、押しに弱いこともあるね。逆に魔力はFランク。まあ、才能が影響するし、しょうがないね。


「その、本当に見えているんですか?」

 勝又さんは大きく開いた目を閉じてニヤついた笑顔を浮かべた。

「もちろん。苦労して手に入れたんだ。あれは最初の異世界だったなあ」

 勝又さんが懐かしそうに上を向く。そしてしばらく物思いにふけっているようだった。



「あの、本題に入りたいんですけど……」

 僕は我慢できずに聞いた。

「ああゴメンゴメン。じゃあ、あらためてね」


 勝又さんがズボンのポケットに手を入れて、何かを取り出した。机の上に置いたのは、指輪が入っていそう、手に収まるくらいの箱だった。

 この中に「ソレ」が入っているんだ。もちろん本物さ。開けてもいいけど、ボクが話し終わったあとのほうがいいかもねえ。

 それはボクの右目につけているものと同じもので、「本質眼(リアリティチェッカー)」って呼ばれているものなんだ。


 本質眼と出会ったのは、ボクが最初の異世界に飛ばされて仲間と旅をしていたとき。ボーイズの町で長老から「本質眼騒動」の解決を頼まれたんだ。

 本質眼騒動っていうのは、ボーイズの町の宝だった二つの本質眼が盗まれて、闇マーケットに本質眼が売られてしまったことでね。それで、盗んだ犯人を捕まえることと、本物の本質眼を取り返してほしいって頼まれたんだ。

 ボクたちはさっそく闇マーケットに潜入した。本質眼の噂をマネたような『偽物の薄いレンズ』が並んでいたよ。それを目利きする人もいた。

 アホだね。いや逆に賢いのかな?

 その世界では、自分のステータスは確認できても、他の生き物は見ることができないから、とても魅力的だったんだよね。

 それで、なんだかんだあってボクたちは闇マーケットのボスに会った。そして本物の本質眼を手に入れることができたんだ。まあ、ここでも色々あったんだけど、これはまた別の機会にね。


 町に戻って長老に本質眼を返したんだけど、そのあとが大変だったんだ。

 じつは仲間のユウツが「長老に渡したのは偽物だ」って告白したんだ。本物はユウツの右眼に入っていて、

「サン・ジャイル! お前ウソをついてたな!」

って、ユウツは叫んだんだ。

 そこからは仲間割れで……。まあ、これも別の機会にね。


 なんだかんだあって、ボクは本物の本質眼を手に入れたんだ。それで右目に入れた。そりゃもうすごかったよお。会う人やモンスターのステータスがわかるんだ。能力、生い立ち、寿命、所持金、人間関係……。なんでも見えたね。




 「それで、灯本クン。この中に入っているのが本物の本質眼さ。これをキミがほしいなら、売ってあげようと思ってね」

 勝又さんが口の端を上げてニヤついている。

 「はあ、中を見てもいいですか?」

 「駄目だ」



 勝又さんのさっきまでの口調からうってかわり、冷たく言う。

 そしてすぐにニヤついた顔になって、

「この中を見ることも含めて、うーん特別に一千万円かなあ。もちろん中は本物だよ」

 一千万円なんて払えるわけがない。しかも中身が見えないのに、買うわけがない。話も異世界だとか。

 僕はこの人を信頼できなくなっていた。

「うーん。さすがに厳しいって顔だね。しょうがないなあ。キミの所持金から察するに、ふーむ。特別に二千円にしよう!」



 それを聞いて、僕はしらけてしまった。明らかに詐欺をするときの手口だ。ただ、箱の中身が何か興味はあった。

「そうですか。じゃあ二千円です」

 僕はいつもポケットに入れている財布から、千円札を渡した。ちょうど二千円はいっていたので、財布はカラになった。

「いい買い物をしたよおキミ」

 ニヤけている。

僕は箱をつかんで開けてみた。中には人間の眼球が一個。こちらを見ていた。

「うわっ」

 コンタクトレンズのようなものを想像していた。

 思わず勝又さんのほうを見る。ニヤついている。

「本物の本質眼だよ。眼が取れたときに入れるといい。それとも、手術するかな?」

 勝又さんは左目を閉じてウインクをした。手元の眼と同じ濃い赤色の瞳だった。

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