V県仮想市の孤独記者-繰り返す世界で小説を書く-

されどなお

1周目1話高枠1話「無限の坂」「VHP-ヴァーチャル・ハート・プラネット」

 「事実は小説より奇なり」ならば、「事実を多くつくることができれば、面白い小説ができる」のではないか。

 そう思ったのは今年の夏休みだった。今日は十一月五日の金曜日。やっと「事実を多くつくる」準備ができた。

 椅子に座り、親に買ってもらったノートパソコンを開く。

『VHPにようこそ』

 今は十八時十八分。じっくりとできるぞ。

 「Virtual Heart Planet-ヴァーチャル・ハート・プラネット」は街をつくるシミュレーションゲームだ。名前は略して「VHP」と呼ばれる。映像はそこまでキレイじゃない、一昔前のようなシミュレーションゲームだが、VHPの特徴は「キャラクターの会話」にある。「まるで『生きている』ようだ」という。ネット上ではその会話や、やりとりを共有している人もいる。ただし、自分を含めキャラクターを操作することはできない。私はただ見ているだけだ。


「すみませーん」

 ゲーム内での私が自分の部屋から一階に降りる。玄関には、同じ学校に通っていると思われる高校生がいた。

「どうぞどうぞ、ありがとうございます」

「邪魔するぜ」

 ゲーム内の私は、私の言いそうなことを自由に話す。実際、人と会ったらこんな感じだ。

「ん。他の人たちは?」

「まだですね。五人とも連絡はないですけど……」

 いったい私は何の集まりで呼んだのだろう。自動で会話が進められる。

「『仮想市の新七不思議特集』なんて、来なきゃよかったかもな。田舎の町でそれで学校新聞。どこも人手不足で、集まってくるのは一人ってわけか。ふん」

「まあいいや。約束は約束だからな。話すよ、とっておきのを」

 その高校生はリビングに荷物を置き、ソファーにドカッと座った。私も向かいのソファーに座る。手にはノートとペンがある。

「お名前をここに……」

「タカワクイツキ。三年」

 私の持っていたノートに少し雑に書く。『高枠 樹』と書くらしい。

「新聞に名前は出すなよ。やばい話だからな」

 高枠が私をにらむ。

「そういえば、名前は?」

「トウモトケイイチです。新聞部二年生です」

 私も高枠の名前の下に「灯本 継一」と書く。にらまれたせいか、文字が震えている。

「灯本ね、オッケー。今から話すことは誰にも言うなよ。俺の知り合いの話だからな」

 高枠さんは上を向き鼻から深く息を吐いた。私と画面の向こうの私はペンを握った。

 

 いいか、今から話すのは俺の知り合いの『隙戸 申太郎』っていうやつの話だ。

 隙戸は俺と同い年で、中学の頃から知った仲だった。あんまりマジメってほどじゃないけど、悪いやつじゃあない。高校からクラスが別になって話さなくなったけど、仲は変わってない。変わっていないから、この話をしてくれたのかもしれないな。

 『無限の坂』って知っているか? 知らない? けっこう有名なんだけどな、まあいいや。新聞には無限の坂を中心に書いてくれ。

 隙戸はとにかくお金が好きなやつだった。アルバイトとか親戚の手伝いを中一から始めて、中学三年にして百万円以上の貯金があるとか自慢していた。それにケチだから、使うより貯めるのが好きなタイプなんだろうな。

 そんな隙戸は高校に入って新しい『仕事』を見つけた。いや、見つけたというより自分で仕事をつくったと言うほうが正しいか。


 隙戸は友達と肝試し感覚で、無限の坂に行った。無限の坂は仮想市の五国神社の近くにある。住宅地から脇の道に入って、大きな鳥居をくぐって、木で陰になっている曲がった道を、一分もしないうちに五国神社が見える。その鳥居をくぐって、五国神社までの道が無限の坂だ。まあ、言うほど坂じゃあない、むしろ平坦な道なんだけどな。

 それで、無限の坂は日没後から夜明けまで、新月の日にしか起きない。隙戸もそのとおりの日に行ったんだ。


 深夜に家を抜け出して、鳥居の前に集合する。隙戸合わせて三人だ。俺はいなかった。

 三人は鳥居をくぐり、神社を目指す。するとたしかに三分は歩いたのに、神社が見えない。それどころか最初の曲がり道にすらついていない。

「うっ、うわああああああ」

 三人のうちの一人が来た道を走って戻った。もともと乗り気じゃなかったらしい。それを見た隙戸ともう一人も走って戻る。最初に逃げたやつに後から聞いたんだが、「周りの木や道が大きくなっているようで、歩いてもその場から進まないようだった」らしい。


 無限の坂を走って戻るときに隙戸は運悪くコケてしまった。だけど、あることを発見した。

 懐中電灯を拾って、慌てて立ち上がって二人に追いつこうとしたんだ。そのときだった。最初に逃げた一人が「急激に大きくなっている」ように見えたんだ。そんなに変わらないであろう前の二人の背が、およそ二倍は違う。「まるで巨人が逃げていくようだった」とか言っていたな。

 そのときはパニックでそう見えていたのかもしれない。

 鳥居をくぐって、待っている二人に追いついた。二人はコケた隙戸が化け物に襲われたんだと本気で思ったらしい。それよりも隙戸は二人の身長の方が気になっていたんだ。二人はいつもどおりの目線からこっちを見ていた。

 二人はもう無限の坂に挑む気は無くなっていた。だけど隙戸は無限の坂の仕組みを掴んだ気でいたんだ。


 隙戸は次の日の夕方に、鳥居の前にいた。無限の坂だった道を何度も往復した。『あるもの』を捜すためにだ。そして、ついに見つけた。予備の懐中電灯だ。コケたときに落としたのを、帰った後に気がついたらしい。

 ただし懐中電灯は、『親指に乗るくらいのサイズ』になっていた。元は手のひらで握るくらいのサイズだったのに、だ。

 このとき隙戸は確信した。無限の坂が「なぜ無限なのか」をな。


 次の新月の深夜、肝試しのちょうど一ヶ月あとか。隙戸は鳥居の前にいた。今度は一人と、大量の荷物だった。

 隙戸は持っていたペットボトルを、鳥居の先の曲がり道にめがけて投げた。

 ペットボトルは落ちる音も返さずに暗闇の中に消えてしまった。

 さらに隙戸は持ってきたリュックからビニール袋を取り出しては投げる。投げられないものは鳥居をくぐって、一分くらい歩いたあとに置いて戻った。

 隙戸は何をしていたと思う?

 隙戸はゴミを集めては捨てていたんだ。色々な仕事や経験をした隙戸は、ゴミがお金になることを知っていたんだな。何でも引き取る代わりに、料金を貰う。それで、新月の夜に無限の坂を使って、ゴミを小さくする。「何でも引き取る収集業者。ただし人間が持てる物のみ」とかクラスや会う人に宣伝していたな。


 それで、ここからが書いてほしくない部分なんだがな。


 隙戸が順調に収集業者をして、慣れ始めたころにある依頼が来た。

「すみません。『何でも捨てる』っていう隙戸さんですか?」

「そうだけど、持てる物だけね。あと、お金は取るからね」

 話してきたのは同じ学年の女子だった。ただ地味な印象で、これまで話したことはなかったらしい。

「大丈夫です。実は、先日家の犬が亡くなってしまって……」

「それはそれは大変で……」

「それで、その犬を持っていってほしいなと思いまして。お金は親が払うので、お願いします」

「そう。うん、うん。大丈夫だよ。ただ、今日回収でもいいかな。料金はうーん、五十万かなぁ?」

「はい大丈夫です。お願いします」

 隙戸は冗談のつもりで「五十万」と言った。ただ女子と値切るやりとりがしたかっただけだった。

(犬のために五十万? それなら、自分に頼まなくても、いいんじゃないのか?)

 隙戸は考えたが、ちょうど今日が新月であることと「貰えるものは貰っておけ」という気持ちでその女子と仕事の話を進めたんだ。

 名前は「ミズキ」というらしい。大型犬だから重いこと。寝袋に入れているからそのまま捨てること。そして「中身を絶対に見ないこと」を何度も言われた。「腐敗しているかもしれないから」とのことだった。

 放課後、隙戸はミズキの家まで行き、荷物を受け取った。人間用の寝袋がはちきれそうになっていた。寝袋の顔を出すところから脚までのファスナーは強く縫われており、決して開かないようにする、というような執念が感じられた。ミズキが言うには、

「体液が漏れないように」

「中の犬が寒くないように布をつめた」

ということらしい。そして、五十万円が入っているという厚い封筒を手にとった。中身を確認すると、たしかに五十万円が入っていたんだな。

「では、お願いします」

 ミズキは微笑んでいたが、隙戸はそれが不気味に感じた。隙戸は犬の死体が入った寝袋を、持ってきたリュックに押し込んだ。寝袋の頭がはみ出していたが神社まで急いだ。


 新月の冷たさと暗さには慣れたつもりだったが、その日はやけに寒く、周りが見えなかったらしい。それでも鳥居の前まで来たんだ。

 中身がはみ出したリュックを背負い、さらに両肩に大きなバッグだ。リュックには犬が、バッグには他のゴミが入っている。

 隙戸は慣れた手つきでバッグの中のゴミを投げる。そして最後に残ったのが、自分の方へもたれかかる寝袋だった。懐中電灯を道の中央に置く。帰るときの目印のためだ。

 隙戸はもう一つの懐中電灯を手に、鳥居をくぐった。

(この大きさは三十分かな)

 何度も往復するうちに、身体や物がどこまで小さくなるか感覚でわかっていたんだ。

 歩き続けると、今まで捨ててきた物が落ちているので、拾いながら進む。さらに小さくして捨てるためだ。拾わないと帰りの光が見えないこともあるから、用心のためだな。

 靴の裏の感覚が、コンクリートから粗い岩を踏んでいるようになってきたら、慎重に進まないといけない。大きな一歩で小さくなりすぎて、岩の山に囲まれることもある。空気も重くなる。気圧の問題か、それとも無限の坂の雰囲気からなのか。

(よし、ここにしよう)

 隙戸はリュックを前に下ろした。そして寝袋を前に投げて、振り返って帰ればおしまいだった。


 ただ、隙戸は寝袋の中を見たくなったんだな。


 「絶対に見てはいけない」と言われて、五十万円も貰った。誰でも本当に犬が入っているとは思わないよな。お前、灯本も興味が湧くと思わないか?


 そう、隙戸は興味に負けて中身を見たんだ。一度も使ったことのない護身用のナイフで糸を切る。全て切ると、中につめていた布が見えた。最初に見えたのはシャツだった。光で照らされた白色の上に大きな赤黒いシミがついていた。隙戸は懐中電灯をしっかりと握った。そして、シャツを抜き取った。

 中に入っていたのは若い男だった。目は閉じていて、鼻や口に血がついている。

 隙戸はさらに糸を切り、男の姿を見ようとした。

 男は学生服を着ていた。自分と同じ学校だとわかったが、名前はわからないし、知らない顔だった。


 隙戸は男に向かって両手を合わせた。そして振り返って、来た道を戻った。鳥居の前の懐中電灯の光に向かって走ったんだ。

 鳥居の前に出たときには空は白んできていた。無限の坂だった道には何も残っていない。



 隙戸はこの件がきっかけで収集業者を辞めたらしい。なんで俺にこの話をしたのかはわからないけど、たぶん隙戸の心の中で抱えられなくなって、ゴミになっていって、俺に話すことでゴミを捨てたんだろうな。


 高枠さんが話し終えたという目でこちらを見る。

「仮想市でそんなことがあったんですね。ありがとうございました」



 ゲーム内の私と高枠のやりとりをノートにまとめていたら、思いのほか長くかかってしまった。時計を見ると、一時間かかったことがわかる。

 すこし休もう。

 私は目を閉じて、椅子にもたれかかった。


 起きたとき、嫌な予感がした。何も手が付かずに明日になってしまった気がした。しかし窓の外はまだ暗かった。

 よかった。まだ朝じゃないな。

 部屋の時計を確認すると、今は「六時十八分」だった。

 「えっ、やっぱり朝っ」

 つけっぱなしにしていたパソコンを見る。デジタル時計は「十八時十八分」を示していた。

 視界の端で何かが動く。

 ゲーム内の私が玄関に向かう。玄関には高枠と、知らない男が一人立っていた。

 ゲーム内の私が高枠をリビングに通す。


 さっき見ていたものははなんだったんだろう? 

 私はパソコンから離れ、部屋のドアを開けて暗い二階の廊下へ出た。


 つもりだった。

 なぜか「自分の部屋に入っていた」。ドアは背中で開いたままだった。

 一瞬、意識が飛んだような気分で、いつの間にか自分の部屋にいる。もう一度廊下に出ようと振り返り、大きく足を伸ばして進んだ。



 つもりだった。

 何度も自分の部屋にいた。ゆっくり右手を外に伸ばすと、廊下の冷たい空気に触れることができる。しかし、身体が半分以上出ると、そのままの格好でドアを背に自分の部屋に戻っていた。

 椅子に戻った。時計は「十八時十八分」を示している。信じられない。

 立ち上がり真っ暗な窓を開いて、外を見ようと身を乗り出した。



 つもりだった。

 いつの間にか開いた窓を背にしていた。


 椅子に戻る。

 パソコン越しの私は、リビングで男二人と話している。

 色々な考えが頭をよぎった。現実味がない状況で、思い浮かぶのは突拍子もないことばかりだ。「ゲームの世界に入ってしまった」とか、「私の部屋だけが異世界に飛ばされてしまった」とか。


「あっ」


 パソコンの横のノートには『無限の坂』とその会話が私の字で書かれていた。そして、紙の端の方に、


『VHPを続けて』


と自分の字で書かれている。こんなことを書いた覚えはないのに。

 部屋を見回す。ドアや窓が壁に見えてくる。外には出られない。


 部屋の中で、唯一変化があったのはVHPとノートだけだった。これがこの状況の鍵になるのかもしれない。

 奇妙な感覚を覚えつつも、新しいページを開いた。

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