全国共通天下統一戦(社会)!

牛尾 仁成

全国共通天下統一戦(社会)

 遠くから声が聞こえる。


 もう、俺は一画たりとも動かせなかった。


 戦いに次ぐ、戦い。


 波のように押し寄せる敵と戦い、打ち勝ってきたが最早これまでかもしれない。


 もう、すぐそこまで濁流のような数の敵は迫っている。さきほど使った能力の回復がまったく追いつきそうにない。


「どうしちまったんだよ!? お前、必ず天下統一するんじゃなかったのか? 絶対にやり直せるって言ってたじゃないか、『クーリング・オフ』ッ!!」


 今にも泣きそうな声とくしゃくしゃに歪ませた『ペ』の字から、たくさんのシャー芯が零れ落ちる。お前こそどうした、いつものクールでありながら内に秘める情熱を表現した明朝体のボディが萎んじまってるぞ、『ペレストロイカ』。


「そうでヤンス! あっしらを率いて戦い続けたあの融資、じゃなかった雄姿はどこ行っちまったでヤンスか! また、立ってあっしらと戦ってくだせぇ。微力ながらこの『エンゲル係数』どこまでも身を縮こませて『クーリング・オフ』の兄貴に付いて行くでヤンス!」


 おぉ、『エンゲル係数』の野郎も来てたのか。何かやたら自分の背丈を気にしていて、誰かに高いと言われると「苦しいっス」って叫んでいたけど、アレは何だったんだ?


 その時、遠くの方で強烈な光が数条、迸るのが見えた。

 雲霞のごとく押し寄せていた敵兵に六本の光線が直撃し、周囲を巻き込んで炸裂した。爆音の後の静寂に女の声が響き渡る。


「そうですわよ。このワタクシにあれだけの啖呵を切っておいて、もうおしまいですの? これじゃあ、紫はくれてやれませんことよ?」


「か、『冠位十二階』……」

「ま~だ、寝ぼけていらっしゃるわね、アナタ。ワタクシだけノコノコと戦線に出張るとでも? あなたが余りにも情けないから、ホラ」


 六色に染められた体(明朝体)を捻って後ろを指し示す。

 そこには古今無双の勇士たちがいた。


「道を開けろっ! 自由商業の邪魔は寺だろうが神だろうがさせねぇぜぇぇ!」


 見上げるほどの体躯(明朝体)に無数のノボリを装備した戦国の覇王、『楽市楽座』が立っていた。吼えたてる胴間声が衝撃となり、情け容赦無く敵陣を薙ぎ払う。


「武装している敵が強い? なら武装なんてなくしゃーええ」


 場違いなほど明るく陽気な声が戦場をこだまする。

 無数の敵が所持していた武器という武器(埋まっていない回答欄、ド忘れ)が、夢のように消え失せた。

 忘れようがない、史上最強の武装解除術者『刀狩り』が金色の扇子を軍配替わりに揮う。


「おいおい、お前らだけで突っ走るな。せっかくのワシの出番が無くなるだろう?」


 しわがれ声の老人(明朝体の文字列)は髭を撫でるように頭の文字の造りを撫で付けた。ぱん、と一つ柏手を打つと空気がうなりをあげて、敵軍の頭上を覆う。


 敵兵たちは慌てふためく暇も無く、地面へとめり込んでいった。


「がっはっは。とくと味わえ、雑兵どもっ! その身でたっぷり地を耕せ! これぞワシ『墾田永年私財法』の妙技ぞ」 


 紛れもないオールスター必須単語だ。日本史に燦然と輝く綺羅星達が救援に駆けつけてくれた。それと同時に俺はありったけの声を振り絞って怒鳴った。


「ばっっか野郎どもが!!!! こんなことのために、雁首揃えてでてきやがったのかっ! バカじゃねえの? 後ろがガラ空きだろうが! この状態で本陣落とされたら、負けちまうだろ! それに、後先考えずに能力使いやがって。すぐガス欠になるだろうが!」


 俺の叫びにも似た怒声に単語たちは一様に顔を見合わせた。


 そして、爆笑した。


「な、なにがおかしい!!」


 俺を切り捨てれば勝てる戦いを、俺なんぞのために台無しにした戦いを、どうして笑っていられる!


「お前が勘違いしているからだ」


 ただ一言、ポツリとつぶやくような声で戦場は静まり返った。空気が、いや空間が鳴動を止め、声の主を待っている。


 長い文字列、頭に輝く王の文字。


 足元の令の字はすっくと伸びあがるも、鋭く地面を突きそびえている。


 この単語だけには会うことは無いと思っていた。


「……『王政復古の大号令』」


 誰がどう見てもラスボスすぎる字面で話かけづらいと有名な単語だ。


 どうしてあんたが、と言おうとして自分の異変に気付いた。


 明らかに体力が回復している。


 それに戦い始める前より、力が増していた。


「うおお! 何だ、力がみなぎって来たぞ! 熱い魂が真っ赤に燃えるぜ!」

「あっしもでヤンス! こ、これが究極のバッファーと名高き『王政復古の大号令』さんの力! 力がみなぎり過ぎて無限に収縮できそうでヤンス!」

「我々は負けない。ここに全戦力を投入する。私がいるのだ。負ける理由があるまい?」


 何のためらいも、驕りもなく、当然の摂理を説くような平然とした声だった。


「良いのかい? 生意気な若造に力なんて貸して」

「お前は自分の価値を分かっていないようだ。戦いに勝って未来を作るのはお前たち若い世代単語であろう。先達が力を貸すのは当たり前だ。それから……」


 ふいに言葉を切って息を吸い、ため息交じりに言った。


「生意気な若造に貸しを作ろうと思うほど、器は小さくないつもりだ」


 強烈なカウンターにぐうの音も出せず、俺は偉大な単語に背を向け総崩れの敵陣を睨んだ。


「ちっ、わかったよ。ありがたく受け取らせてもらうぜ。あと、話しかけづらいとか思って悪かった」

「あ、それはちょっと傷つく」


 何か聞こえた気がしたが、そんなことは無視しして両脇を固める心強い仲間に檄を飛ばす。


「よし! 準備はいいな『ペレストロイカ』、『エンゲル係数』! これが最後の戦いだ! 受験戦争に決着をつけるぞ!」


 そうして、俺たちは憎き問題文を打ち滅ぼさんと戦場を駆ける。


 全ては天下統一合格のために。


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全国共通天下統一戦(社会)! 牛尾 仁成 @hitonariushio

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