第17話  競演舞台

第5章 競演舞台


―善財家結婚披露宴―


 良一と澄子の結婚披露宴は、ここ数十年において類を見ないほど盛大に開催された。経済界の重鎮らや政治家、芸能タレントが一同に会し、数社のテレビ局が記者を寄越した。むろん、記者のカメラのレンズは、良一と澄子を形式的に収めた後、各界の有名人を狙う。


 和夫はこの日のために、方々に手を回し、澄子の経歴に箔を付けた。中・高・大の成績はトップクラスで、慈善活動に勤しみ、就職先の大手広告代理店では、澄子が手がけた善財製薬のエナジードリンク「ZENRO」 のパッケージが、『広告デザイン大賞』『SNS映えるで賞』など、数々の受賞に輝いた。らしい。   


 実際は、婚約後に急遽舞い込んだ仕事で、最初から提示されたデザイン画に色づけと文字の配置をした程度だったが、自宅に賞状と盾が届いた。


 芙美子はこの日のために、全身のお直しに奔走していた。海外遠征から日本に帰国したら、頬の高さが5ミリ高くなって、腹の脂肪が胸に移動していた。



「お集まりの皆様、大変お待たせを致しました。それでは、ご注目下さい。善財ホールディングスのご子息、わが国の将来を担う若き至宝、善財良一様。良一様のご寵愛を一身にお受けになった美しきプリンセス、現代のシンデレラ澄子様のご入場です」


 会場の扉が開くと同時にフラッシュが飛び交い、拍手喝采の嵐が吹き荒れた。


 一同の視線が、一斉に、得体の知れないシンデレラに向けられた。


 良一は、澄子が初の大舞台で緊張と重圧に押し潰されるのではないかと思った。


「心配しないで、澄子はニコニコしとくだけでいいから。もう、善財家の一員だよ。堂々としてな」


 半歩前に出て、体の向きを右、左と変えながら、招待客に深々と頭を下げながら進む良一。おかげで、澄子への視線は遮られ、好感度抜群の、謙虚で自信に満ち溢れた紳士に注目が集まった。



「チッ」


(え?)


 気のせいだろうか。澄子が軽く舌打ちしたような気がした。 


「まさかね…」良一はすぐに疑念をうち消した。


 一度目のお色直し。次は会場の脇からの入場だ。扉の外で、澄子が客席側に陣取った。


 が、扉が開く瞬間、良一が回り込み、客席側を歩く。


(ったく。邪魔やね、披露宴の主役は花嫁やろうが)


 キャンドルサービスでは、澄子が良一の半歩前に出た。


 二度目のお色直しで、澄子は大粒のダイヤモンドのイヤリングに効果的にライトを照射しろとスタッフに指示した。








 ハネムーンはヨーロッパ縦断。



 ファーストクラスでのフライトに、澄子は勿体ない、エコノーミーで構わないと言っていた澄子が、CAにワインやアメニティについて、あれこれ注文を付けている。 


 良一は、澄子の変わりように当惑しっきりだが、反面、環境への順応には感心した。善財家による花嫁修業の成果なのか、その言動は生まれながらのセレブリティと見紛うほど、真の上流階級だ。


 ロンドンでの、第一目的は二人が、かつて青春をともにした葛西劉生との再会だった。


「やぁ。結婚式には行けずに悪かったよ」


 長いフライトで疲れきった二人に、劉生の活き活きと輝いた笑顔が眩しく刺さる。


「劉生、随分ご無沙汰だな。こっちにフィアンセでもいるんじゃないの」


 良一は、劉生が澄子を諦めて日本を発ったのだ、という免罪符を得て、罪悪感から開放されたい。


「まさか。これでも忙しくしているんだ。動物愛護政策、北欧の社会福祉政策、難民受入れ支援事業、飢餓国への食料循環。日本はこれらにおいてまだまだ後進国だからね」


 良一と澄子に雷で打たれたような衝撃が走った。


 劉生君、すごいな。僕は身近な人への親切すらできていないのに」


 良一は、足元の小石をコツンと蹴った。


「違うよ、良一君。君たち二人が僕を救ってくれたんじゃないか。良一君があの時、声を上げてくれなかったら、僕たち母子は葛西家を追放されていたし、辺分島に澄ちゃんがいなかったら、僕は自分の意思も持たない操り人形になっていた。君たち二人には本当に感謝している。澄ちゃんの相手が良一君で良かったよ」


「劉生! あんた、自分ばっかり良い人になって。私たちにも手伝わせなさいよ」


 澄子は、島にいたときのような曇りのない笑顔を見せた。


 良一は思った。そうだ、これが、本来の澄子だと。


 二人は、観光も、そこそこに、劉生の講義に夢中になった。日本で出来る支援。慈善団体の立ち上げ。大量の善ポイント獲得に繋げるチャンスだ。


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