第11話 初めての反抗

 三年後、劉生は会社の海外進出に伴って、シンガポールに赴任することを命じられた。


(チャーンス到来! 今こそ、澄子との距離を一気に縮める時ぞ!)


 澄子は、プロモーションで故郷を観光名所にしようと躍起していたが、なにせ原資の出所がなく、プレゼンは失敗続き、旅行代理店にツアー企画を持ち込んでは足蹴にされ、商談すら出来なかった。澄子の故郷である辺分島の近くには、数年前、世界遺産に登録された「神宿る島」沖ノ島と宗像大社がある。何を押しても二番煎じ。過疎化した無名の島など相手にされなくて当然だった。


 澄子が苦戦していることを知っている良一は、ついに、自分の立場を利用して強攻策に出た。


 事業開発プロジェクトの一環として、辺分島に水産会社を立ち上げ、漁師を目指す若者を誘致した。同時に、作り手のいなくなった田畑を買い上げ、農業を会社化して、都会に息詰まった夢追い人を受け入れた。更には、廃校になった澄子と劉生の母校を善財グループの保養所に改修し、産地直売所を作り、辺分島にも、お金が落ちる仕組みを整えた。澄子は島の景観や自然を損なう、リゾートホテルや工場の建設を嫌ったので、良一の金に物を言わしたプロジェクトに大いに賛成してくれた。二人はプロジェクトの成功のために、辺分島の偵察(旅行)をしたり、名産品の商品開発をしたりするうちに、益々親密になった。澄子も、良一の優しさや誠実さに惹かれていく。莫大な資産家の一人息子でありながら、庶民的で謙虚であり、なぜか親しみを覚えるのだ。


 二人の中は、知り合いの知り合いから、恋人へと発展した。


 しかし、結婚となると話は別で、二十五歳になった良一には、どこそこのご令嬢と数多の縁談が持ち上がっている。中には、某皇族の親王様までいる始末。たちが悪いのは、当人同士が知らない間に両家の父親が縁談と表した商談を進めていることだ。良一は初めて両親に歯向かうことになる。進学先から、着るもの一つまで、全て両親の意のままにしてきたが、澄子の代替品はないのだ。意を決し、良一は本家の客室間で両親と戦った。


 結婚だけは、好きにさせてほしいと。



「何を青臭いことを言っている。善財家に産まれたという時点で、お前の役目は善財家の格式を守り発展させること。その宿命くらい承知しているだろう」


 善財家当主は齢六十歳。迫り来る、自身の隠居を控え、より良い縁談を纏めて拍手喝采を浴びるのは、最後の大仕事な訳だ。


「あの土臭い田舎の子ね? あの子は善財家に相応しくないわ。第一、美しくないでしょう」


 母親は齢五十四歳。迫り来る美貌の枯渇に怯え、子孫にその遺伝子を残したいと、より美しい嫁を探している。


「わかっていたさ。だけど、彼女は素晴らしい。賢くて、堅実で、この家にとってマ

イナスになるような子ではないんです」


「プラスにはならない訳だな?」


 父親は鼻で息から息を吐き出して言った。


「プラスにだってして見せます。」


「良一。これは父さん達の最後の、そして最大の願いだよ。お前のことを思ってのことだ。お前はまだ甘い。恋だの愛だのは桜の花びらのように一瞬で散る儚い夢物語だ」


「オホホ。まさにお父様の言うとおりね」


 母親が高笑いして、父親をじろりと見る。


「ゴホッ」


 父親は母親の刺さる視線を咳払いでガードして話しを続ける。


「とにかく、そんな一時の感情で善財家の格式を揺るがすような選択をしてはいけない。いいか、善財家の跡取りはお前しかいないんだ。家計図のこの先を、より輝かしい絵巻物にするか、ただの紙屑にするかはお前にかかっているということだ」


 良一は澄子の家計を屑呼ばわりした父親に憤慨した。


「どうして、そんなに見栄を張らなければいけないんだ! 金ぴかの盾をいくつ回りに置いたって、そんなのただの張りぼてじゃないか! 中身なんてなにもないんだ。」


「な、なっ、なっ、なんだとぉ!」


 父親は、良一の暴言に圧倒され、信じられないといった様子で仰け反った。


「りょうちゃん、一体どうしたって言うの?お父様にそんな口の聞き方! あの子の影響ね? なんて粗暴な子に目を付けられてしまったのかしら」


 母親は、恐ろしい恐ろしいと身震いをして見せた。


(最悪だ。説得どころか余計に澄子の印象を悪くしてしまった)


「すみません。興奮してしまって。だけど、どうか僕の最初で最後の我儘を許して下さい。彼女は家の財産になんて興味はないんです。お金が目当てだったら、とっくに葛西君に言い寄ってるでしょう? 贅沢に慣れて、社会のことを知らない箱入り娘より、きっと僕を支えてくれます」


 良一は、膝に付くほど頭を深く下げた。


「失礼します」


「ちょっと、りょうちゃん! 話はまだ終わっていないわよ!」


 母親の金切り声を背中に受けながら、良一は善財家をあとにした。


「親不孝者かぁ…マイナス何ポイントだろ。これだけ恵まれた生活を保証してくれている親だもの、ごっそり持っていかれるんだろうな」


 良一はあろうことか、この上なく愛している女性と善ポイントを天秤に掛けている。なんと男気のない奴だ。


「いや、しかしだ。もし、他の女性と結婚したとして、僕はその妻を愛せない。イコール浮気する。イコール離婚する。イコール戸籍どころか家計図を汚す。結果、善ポイント没収ものかもしれないぜ?」


 良一は迷いを吹っ切るため、こじつけ論をさも、真実であるかのように作り上げた。



 この男、やはり、かなりのポジティブ思考である。



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