第12話 菩薩と天女

 ―極楽浄土―


 二十五年前


「あわわ、あわわわわ」


 赤く点滅している記憶リセットボタンを前に、青白い顔の菩薩が転生マシンの側面をボコボコ叩く。


「菩薩様! 何をしているんですの。壊れてしまいますわ」


「あ~ん。天女ちゃ~ん。どないしよ~」


 天女の足元で菩薩が四つん這いになって首をうな垂れている。


「これ~。わし、押さなかった?」


「さぁ?」


「どないしよ~。更迭もののミスしてもうた~」


「まぁ! 菩薩様がいなくなったら、私も浄土から追い出されてしまいわすわ。私、

就労ビザですよ」


 天女が転生マシンを一点に見つめた、次の瞬間。



『ドンッ。パリン』


 天板に強烈なかかと落しを食らわせた。


 菩薩は頭を抱えて、目を白黒させている。


「故障したことにしますわ。絶対に口を割るんじゃありませんよ」


「無理じゃろ~あいつらがあの世で口を割って、この世の存在が公になったら…」


「誰が信じます? もともと、この世のことはファンタジーとしてぼんやり描かれて

いますから、今更ですよ」


「それも、そうじゃが、悪い奴は極楽浄土ビジネスするじゃろ。如来様はあれが反吐が出るほど嫌いでな、枕元に立つそうな」


「それで?」


「枕元で事情聴取じゃ」


「ばれるわね」


「ほら~」


 菩薩は天女の羽衣の裾で涙と鼻水を拭う。


 対して、天女はいたって冷静にほくそ笑んだ。その笑みはまるで悪魔の微笑だ。



「ラッキー。男の方は大金持ちの家に行きましたよ。」

 天女は転生管理システムに善人の個人番号を入力してトレースを始める。

 「ほう。さっすが天女ちゃん。それなら怪しいビジネスはせんだろ。」

 菩薩の目がパッと輝いた。

「あ~。女の方は厳しいかも知れません。」

 菩薩の目が死んだ。

「監視が必要ですわ。危ない動きがあったら、漢音様より先に枕元に立ちましょう。」

「恥ずかしながら、わしにはその能力はない。」

 天女の顔がみるみる赤くなる。

「てめぇがミスったんだろうが!無理でも行くんだよ!あの世にな!」


 

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