第10話 運命の再再開
善財ホールディングスの子会社の一つである善財造船は、全長約三百メートルの大型タンカーの竣工式を執り行い、その夜、財善家主催の盛大な祝宴が開かれた。表向きは完成披露パーティーだが、経済界の重鎮や、取引先企業、マスメディアが終結する大掛かりな異業種交流会だ。この会場で新たな商売相手を見つければ、ビルが建つこともある。
しかし、この日の善財家にはもう一つの目的がある。善財グループの跡取りである良一の経済界デビューだ。
良一だけではない、新調したスーツやドレスを纏った初々しい若者が十名弱はいる。父親や母親に連れられて、水飲み鳥のように頭を下げては、ディーラーのように名詞を配っている。
アルコールを口にしない良一は、一通りの挨拶周りを終えて会場外のロビーで物思いに耽っていた。
(ここに集まった兵達はみな同じだ、高価な時計やアクセサリーを武器に相手を牽制して優位に立とうとしている。劣勢にいる者同士は同盟を結んで大国に攻め入る機会を伺い、大国は侵略するに値する小国の品定め。そして、きっと僕には、お膝元に居座ろうとする友好国の娘が献上されるのだろう。澄子のように、金や権力に動じず、自分を犠牲にして他人に奉仕するような女性には二度とお目に掛かれないかもしれない。あれは、天が遣わした幻だったのではないだろうか。善ポイントが全然足りませんよ~って)
「良一君」
背後から、聞き覚えの無い声で呼び掛けられ、良一は満面の笑顔を作ってから振り向いた。
「あの時はありがとう」
良一は、初対面の、高身長で引き締まったアアスリートのような肉体を持ち、顔面は柔和でありながらアイドルのように洗練されていて、立ち居振る舞いからは賢さが隠し切れないこの青年に、お礼を言われた訳が分からない。
「あの時って?」
「僕、忘れちゃいました? 到着が遅れたので会場で挨拶できていませんでしたが、こういう者です」
渡された名刺を見て、良一の記憶が遡る。
「葛西…劉生君? あの小学校で一緒だった?」
「良かった、覚えていてくれて。あの時、君が助けてくれたんだよね」
「そんな、助けただなんて。勝手なことして、劉生君が転校しちゃったから、寧ろ、悪いことしてしまったんじゃないかって思っていたよ」
「あの頃、母さんは精神的に壊れていたんだ。離れて暮らすしかなかった。結果、僕は最高の地で最高の人達に会い、最高の少年時代を過ごしたよ」
「そうだったんだ。良かったよ」
(これは、かなりの善ポイントを稼いだんじゃないか? 崩壊しかけの家庭を立ち直らせ、あのひ弱だった少年がこんなに立派に(俺、完全に負けてる)成長したんだぞ。イヒヒヒヒ…)
良一はにやけ顔を隠すのに必死だ。
「そうだ、今日はその、僕を助けてくれた恩人がこの会場にいるんだ。ここのマネキンさんは、うちの系列の派遣会社が募集したからね。社会勉強にってアルバイトに誘った。厨房と会場の交代制だから、そろそろ会場にいると思う」
劉生は、その素晴らしい恩人を良一に自慢したそうだ。
(恩人は僕の筈だが)
会場に戻ると、劉生は、銀のトレーにグラスとアペタイザーを乗せて、会場をよろよろと歩き回る女性を指差した。
「いた。あの子だ」
良一は驚きのあまり、息を飲んだまま吐き出すのを忘れ咳き込む。
恋焦がれる澄子その人ではないか。
劉生はお構いなしに良一の背中を押して、澄子の元へ向う。良一も後に続いた。
「澄ちゃん。今日は紹介したい人がいるんだ。栄えある善財ホールディングス御曹司にして、僕と地之辺分島を繋いでくれた救世主。善財良一氏」
これには澄子も驚いたようで、目を瞬いている。
「あら、あなたは初子さんの息子さんの、えっと…」
(僕の名詞見ていませんでした? この子、よほど僕に興味なかったんだな。そりゃ、こんな完璧な劉生君が傍にいたんじゃね)
「お久しぶりです。まさか、こんな所でまたお会いするとは」
「えっ、知り合いなの?」
「知り合いってほどじゃないけど、初子おばあさんの家でたまたま会ったんよ」
「初子さんね、劉生の家が始める介護付マンションにモニターってことで入れてもらえるんですよ」
(うう…だから、それは僕の役目なの!)
前世では稼げ無かった親孝行ポイントを、今世で捲くるという計画が一つ消滅した。
「そうか。そういうことか! 初子さん家で初めて会ったのに、昔から知ってるような気がしてたんよ。劉生君と縁のある人やけん、そういう不思議な感覚になったんやろか」
『キラキラリン』
良一の心は猛烈にときめいた。
やはり、これは運命のお導きだ。僕と澄子さんは赤い糸で繋がっているぞ。劉生君の導きではない。それ以前に偶然会っているし。
「ぼ、僕もなんです。僕も澄子さんのことを前から知っているような錯覚に陥ったんです。不思議だなぁ」
「スピリチュアルでは、そういうのを偶然の一致と言うらしいね。会うべく人と出会い、進む道に影響を与える。僕が辺分島で澄ちゃんと出会ったのも必然だったんだ」
(自分大好きだな。会話の横取りしてんじゃねぇよ)
とは言え、これをきっかけに、良一、澄子、おまけに劉生の交流が始まった。両親は田舎の農家の出である、澄子の存在を快く思っていないようだが、急成長を続けている葛西グループの御曹司のおかげで、お金に集る寄生虫扱いは免れている。
澄子は思ったとおりの女性だった。正義感が強く、万人に優しく、堅実で、賢く、そこそこ美人だ。良一は益々、澄子の虜になって行くが、良一も、そして劉生も、友人の域を超えられない。劉生は幼馴染ゆえに弟のような存在で、良一に至っては、子ども扱いだ。
そんな三角関係のまま、三人は大学を卒業し、新たなステージに立った。良一は善財グループの傘下である商事会社に籍を置き、平社員と同様の研修を受けているが、役職は常務執行役員だ。劉生は葛西グループが子会社化した警備会社に出向し、澄子は、目標であった広告代理店に就職した。
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