第2話

どこか影のある歌声で歌うフォークソングが終わると、植村はマイクレバーを上げてONにした。

「田辺みくさんの【レッドムーンナイト】でした。田辺さんの歌声は、切ない恋の曲に、ぴったりですね。それでは、先程のお話の続きを、お聞かせ願いますか?」

「ええ、私は暫く考えて、ある考察をしました。何かの拍子で葉書がポストの隙間に挟まってしまい、年月が経って、偶然、落ちたのだと。私が住み始めて三年が、経っていましたが、内容が内容なだけに捨てる事が出来ず、迷ったあげく葉書を斎藤涼介さんに届けようと思いました」

「差し支えなければ、内容を伺ってもよろしいですか?」

「詳しい内容は言えませんが、永遠の愛を読んで頂ければ、何となく察する事が出来るかと」

「…駆け落ち…」

「はい、昔は家と家の結婚が多く、井口さくらさんもその一人でした。しかも、さくらさんは酷い仕打ちを受けていたようで…」

「えっ…」

「当時の私は、探偵を雇うお金もなければ、今みたいにパソコンや携帯もない時代でしたので、不動産に斎藤涼介さんの引っ越し先を訊いてみたり、御近所へ聞き込みもしました。だが、斎藤涼介さんの行方は分からず、半ば諦めていた時です。奇跡が起きました。私は電車に乗って出版社へ向かってました。ふっと、私の斜め前に座って新聞を読んでいる男性に目をやると【斎藤涼介、薬中逮捕】と書いてあったのです」

「えっえ!薬中…ですか?小説の涼介は、さくらと幸せな家庭を持つ為に夢を諦めて、トラブルに巻き込まれながらも懸命に前へ進む人物ですよ」

「そうですね…実際の斎藤涼介さんも、今は一生懸命、前に向かって頑張っていますよ」

「どういうことですか?」

「私は、彼に会って葉書をお見せする事が、出来たのです」

と、言うと、林は温かい微笑みをみせた。

「会えたんですか…」

「ええ、昔の警察官は規則やルールより義理人情を重んじる方が多くいらっしゃったので、事情を説明したら特別に、斎藤涼介さんの面会を許可してくれました」

「彼は、どんな様子でしたか…」

「死人のようにやつれていて、目も合わせてくれませんでしたが、さくらさんの葉書を見せた瞬間、瞳に魂が宿ったかのように、大粒の涙を流して【さくら…さくら…】と何度も呟いていました」

植村の瞳から一粒の涙が流れ落ちた。

「私は彼の姿を見て、せめて小説の中では幸せな家庭を持たせてあげたいと心から強く思いました。その気持ちで書いたのが【永遠の愛】なのです。そして、これからも読み手の心を温められる作品を書き続けたいと思っています」

「す…っ…素敵なお話、ありがとうぅ…ございました…それっ…では…」

と、嗚咽を堪えながら、最後の曲紹介をしようとするが、言葉が詰まって話せない。

「あの、よろしかったら最後の曲紹介を私にやらせてもらえませんか?」

「…は…い」

「ありがとうございます。皆様、本日だけ、私の思い出作りに、付き合って下さい。それでは、お相手は…」

「…植村桃子と」

「林 巧でした。では、お別れの曲は、湊 あゆさんで【再会】です。どうぞ」

と、言って、番組を締めると、植村の席に近付いて、マイクレバーをoffにした。

「植村さん、もうお気づきですよね」

林は、淡茶色に染まった葉書を、植村に手渡した。

葉書の宛名は【加藤 涼介】差出人は【植村 桃子】と書いてある。

「ラジオでは名前をそのまま使ったと言いましたが、流石にそれはまずいので、似たような名前を付けさせてもらいました。ですが、永遠の愛は、加藤涼介さんと植村桃子さんの本ですよ」

口を抑えて俯いている植村は、うんうんと、小刻みに首を縦に動かす。

「あと、これもどうぞ」と、一枚のメモを渡した。

「加藤涼介さんの現住所です」

植村は、驚いて顔を上げる。

「どうして…」

「加藤さんとは、よく食事に行く仲なんですよ。加藤さんは酔うとすぐに植村さんの話をするんです。それも惚気話ですよ。耳に本物のタコが出来る前に、植村さんに逢わせてあげたくなりましてねー、お陰さまで、探偵を雇えるくらい稼げるようになったので、勝手ながら植村さんの事を調べさせて頂きました。離婚されて独り身と知って、いても経っても居られずに、映画の告知という理由で出演交渉させてもらったわけです」

植村は人目もはばからず、泣き崩れた。

林は、震える背中を優しく擦った。

「大丈夫ですよ…」

「……まだ…私の事を……」

「ええ、愛していますよ。植村さんも…ですよね」

「はい!」

少女のように美しく輝いた笑顔は、林には眩し過ぎて、何が胸を締め付けた。

「あぁ、私も恋がしたいな…」



加藤涼介様


私は今、両親によって監禁されています。私たちの結婚に反対した両親は、御曹司と結婚させる為、勝手に見合いの予定を組んで、見合い当日まで窓もない部屋に私を閉じ込めました。私は、涼介さんと添い遂げたい。涼介さんも同じ気持ちなら四月十八日、十時にグランドホテル東京まで来て下さい。一緒に逃げましょう。待っています。涼介さん、愛しています。葉書は、婆やに投函を、お願いしました。 桃子

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一枚の葉書 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome

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