第11話 イマジナリー彼女

「雪哉ぁ!今日こそは付き合って貰うぞ!」


 月曜日。

 誰も彼もが憂鬱になる一週間の内で最悪の日。

 仕事に向かう社会人のくたびれた顔を見ながらご愁傷様と登校した放課後、帰ろうと腰を上げた僕の肩を五十嵐が掴む。


「嫌だ。早く帰りたい」

「まあそう言うなって!」

「ていうか何の用事だ?」

「昼休みに言っただろうが!俺の彼女に会っていけって」


 ああ.....なんか言っていたような言っていなかったような。弁当を食べるのに集中していて聞いていなかった。何か喚いていたのは覚えているが、それ以外はさっぱりだ。


「というか、何で僕が君の彼女に会わなきゃいけないんだよ」

「そりゃ、面識の一つくらいあった方がいいだろ?」

「別にいらん。特に話すこともないだろうしな」


 自慢ではないが、僕は生粋の陰キャ男子だ。

 初めて会う人と楽しくお喋りなんてあと百年はかかるだろう。気まずい雰囲気になって五十嵐の寒いジョークが炸裂するのがありありと思い浮かぶ。


「そこは問題ない。あいつも俺と同じタイプだからな」

「それはつまりお節介な陽キャってことか?」


 皮肉を込めてそう返すと、五十嵐は遠い目をする。


「ああ。俺よりも酷い、な」

「それを聞いてより会いたくなくなったんだが」


 そんなやり取りの末、僕は結局五十嵐の彼女に会いに行くことになった。五十嵐がしつこかったし、今日行かなければどの道明日も同じ事を言っていたと思うので割り切ろう。

 特にやる事もないし問題はない。


 むしろ興味が湧いてきたな。

 五十嵐の彼女とは如何に——







♦︎♢







「こんにちは!君が秋斗の友達かな?」


  茶髪にボブカット....と言うのだろうか。詳しくはないので分からないが、そんな感じの明るそうな女子がそこにはいた。

 くりんとした瞳は大きく、端正な顔立ちをしている。綺麗というよりは可愛いという風で、纏う雰囲気が陽の者だ。


そんな事より——


「本当に彼女がいた.....だと!?」

「おい、声に出てんぞ」


  おっと、済まない。

 僕としたことが驚きのあまり我を忘れてしまった。


「失礼だなこの野郎。俺の話を何だと思って聞いてたんだよ!?」

「あまりにも彼女が出来なくて遂に幻覚が見え始めた哀れな男かと」

「なわけねえだろ!それで紹介するとか怖すぎるわ!!」


 だから避けてたんだよ。どんなに奇々怪々な物を見せられるか分からなかったからな。

 無機物を彼女として紹介されたらさしもの僕も対応に困る。


「あははっ!面白いね、千堂くん!」


 目頭を押さえながら笑う五十嵐の彼女。


「そうか?僕は至って普通だが」

「普通の奴は友達をヤバイ奴扱いしねえよ」


 そこに関しては言い切れないと思う。人なんて所詮そんな物だろう。


「あー、面白かった。私は九条くじょうみなと、隣のクラスだよ。よろしく!」


 そういえば五十嵐のせいで自己紹介が済んでいなかった。


「五十嵐と同じクラスの千堂雪哉だ。よろしく、九条」


 よろしくしたいかしたくないかと言われればどちらでもいい。だが、ここまで来た以上そうしない訳にはいかないか。


「ほら、取り敢えず何か頼んだら?」


 手渡されたのはメニュー表。

 九条との待ち合わせに連れてこられたのは学校の近くにあるカフェだ。五十嵐......というか恐らく九条の行きつけらしく、何を頼もうか悩んでいるとお勧めを教えてくれた。


 店員にコーヒーを頼むと、メニューを置いて再び会話に花を咲かせる。


「それで、カフェで話すことなんてあるか?」

「ま、今回は二人で趣味とかについて話したらどうだ?俺はどっちのも知ってるからな」


 初対面の女子とタイマンで話せと.....?

 いや、少ししか話していないが九条は恐らく良い奴だ。まあ捉え方にもよるが、悪人でないことは確か。

 ならば僕がちょっと粗相をしたとしても何とかなるはず。別に気を使おうとは元々思っていない。


「趣味、趣味か......一つに絞れた言われると難しいが、インドア系の物なら大体は」

「私は音楽聴いたり食べることかな」

「インドア系とは言ったが音楽はあまり聞かない。流行に着いていけなくてな」


 流行りに乗っかりたいというのは方便だ。

 実の所は聞き始めるのが億劫で手を出していないだけである。


「あれ、雪哉は読書じゃねえの?」

「読書も趣味の一つというだけだ。他にも色々ある」

「へー、凄いなあ。私は活字とか苦手な方だから本読める人は尊敬するよ!」


 読書が趣味。というのは思ったよりも少ない。

 クラスに一人や二人はいるが、大半が漫画程度だろう。それもれっきとした読書だと僕は思う。


「逆に食べることが趣味だというのは良いんじゃないか。僕は自炊こそできるが食に興味はない」

「えへへ、そうかな?」

「ああ、だというのに五十嵐が料理もできないのはどうかと思うが」

「俺に飛び火!?」


  そうして会話は続いていった。

 趣味、部活、話題が無くなってきた頃、お開きにしようと五十嵐が言う。日も暮れてきているので、丁度良い時間だ。


「じゃあな、雪哉」

「またね!千堂くん!」


 帰る方向が同じらしい二人に手を振りながら、僕は帰り道を歩き始めた。


 疲れた。が、不快な疲労ではない。

 心地良くもないが、久しぶりにたくさん喋ったからだろう。身体よりも心が疲れた。


 数分も経たない内にマンションへと辿り着き、制服からラフな服装に着替える。上下スウェットという黒ずくめな格好になり、夕食をどうするかと考え始めた時。


 部屋のインターホンが鳴り響いた。


 一瞬誰かと逡巡するも、この部屋を訪ねてくる人など配達員を除けば一人しかいないことに気付く。


 玄関を開けば、それは明白になる。

 いつものように能面な表情で、タッパーを手に立っている白無。


「お裾分けに来ました」


 その透き通ったような声が、いつもより低いことに僕は気付かなかった。


「ああ、今日もか」

「はい、どうぞ。ところで.....今日は帰りが遅かったようですがどうしたんですか?」


 僕が帰ってくるのを見ていたのか。

 遅かった理由.....確かにいつもより全然時間が違う。一時間ちょっとも話し込んでいたとは。


「友人の彼女と会っていた」

「.......浮気ですか?」

「違う!そいつも同席していた」


 なんで関係ない所で浮気を疑われなきゃならない。今のは言い方も悪かったけど!


「君こそ、なんでそんなことを聞くんだ?」


 話を逸らす意味も兼ねて逆に質問すると、白無は歯切れが悪そうに答える。


「これを渡そうにも家にいないと困りますから....」


 まさか、僕が帰ってくるのをずっと気にしていたのか?だとすると申し訳ない気持ちが芽生える。


「それは悪かった。けど、いない時は別に無理に渡そうとしなくていい。そっちにも迷惑だろう」

「いえ、それはダメです。これはお礼なので」


 頑固だな。そこまで気にしなくていいと言っているのに。


「そうか。まあありがとう。助かってるよ」

「いえ、それでは」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 帰ろうとする白無を呼び止め、僕はある計画を実行に移す決意をした。昨日用意したものだが、やらないよりはマシだろう。


「僕も、渡したい物がある」

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「氷の聖女」が引っ越し先のお隣さんだった件 柏餅 @896maekawa

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