第10話 偶然はあるかないか
「「...................」」
こんなにも気まずい瞬間は久しぶりだ。
目の前に突っ立っている白無は変わらず無表情だが、恐らくそう思っていることだろう。
「奇遇だな」
「そうですね」
そんなやり取りを交わしたのが一分前。
近所のショッピングモールにて、僕は白無に遭遇していた。土日と続いて今日は祝日のため休み。それを満喫するために買い物にでもと思ったのが裏目に出たのか、ばったりと出会したのだ。
このまま「じゃあな」と言って別れるのも他人行儀な気がして離れるに離れられず今に至る。
いや、分かっている。
面倒事を避けるためならばここで他の用事があるとでも言って別れればいい。それはなんら難しいことではなく、小学生でも出来る簡単な行動だ。
が、高校生ならではの難しさがそこにはある。
それはズバリ距離感だ。
白無と仲が良いとも悪いとも思ってはいないが、人間関係とは相互の認識によって変化する巫山戯たものである。
引っ越す予定は今の所ないので、これからのためにも適切な関係を維持していかなければならない。
ん?そう考えると思ったよりも難易度が高いな。
「ところで、千堂さんは何処に行くんですか?」
「僕は取り敢えず本屋だな。確か新刊が出ていたはずだから」
新刊を買うのは勿論として、適当に面白そうな本も買いたい。読んでいないものが無くなってきたからな。
「白無は何処に行くんだ?」
「私も本屋です。買いたい本があるので」
行き先が同じ、となればやる事は一つ。
僕と白無は付かず離れずの距離を維持して書店へと向かった。これならもう別々に行っても同じではないかと思ったが、お互いにそれを言い出すことはなく本屋に到着。
このショッピングモールの本屋は規模が大きく、探している物が大体あるという素晴らしい場所だ。スペースがあるからか一昔前の本まで置いてあり、本好きには堪らない場所なのではないだろうか。
かくいう僕も、ここにはよくお世話になっている。うちの学校の図書館は広いが、古い本があまり置いていないのだ。
それに新刊を買いたい時も、この店は多く仕入れているのか夕方に行っても間に合うしな。
そこに着いてからは別々に行動が開始された。
本のジャンルが違ったというのもあるし、わざわざ着いて行くのも憚られたのだろう。僕はまずライトノベルのコーナーに向かい、白無は専門書を見に行った。
新しく入荷したことを示すポップの前に、平積みにされている本を手に取る。巻数は十二。そこそこ長く続いているシリーズで、僕が追っているライトノベルの一つだ。
十数巻に至ってもまったくシリーズとしての謎が明かされず、ネットでは予想が飛び交っている。それにも関わらずここまで刊行出来ているのは内容が面白いからだ。
面白いライトノベルを教えろと言われれば、これを教えるくらいには面白い。
とまあその新刊とついでに一、二冊を持ってレジへと向かい会計を済ませる。
断りもなく帰るのもどうかと思い白無を探していると、参考書のコーナーに彼女の姿を見つけた。
「お目当ての本は見つかったのか?」
後ろから声をかけると、驚いたように白無は振り返る。
「あ.....はい。見つかりました」
そう答える白無の手には数冊の書籍があり、中には料理本もあった。道理で料理が上手いわけだと納得する。
対して僕が持っているのはライトノベルと文庫本のみ。実用的と言える物はない。
しかし、恥ずかしいとも思わないものだ。自分の趣味を他人に隠す必要などないのだから。
「君、僕のこと忘れてただろ」
「.......はい。本を見るのに夢中になっていました」
約束していたわけではないし責めるつもりはない。十数分しか離れていなかったのに忘れているとは、よほど熱中していたと見える。
「まあいい。次は何処に行くつもりだ?」
「一階のスーパーです。食材を買いに」
♦︎♢
その後も買い物はつつがなく進みました。
本屋を見たあとはスーパーにしか用がなかったので、食材、調味料、その他諸々を買ってショッピングモールを出ることにします。
千堂さんに至っては本を買いに来ただけだったようですが、冷蔵庫が空であることを思い出して食材を買っていました。
まあ買い物は別行動でしたけど。
もはや勝手に帰る気にもなれず、私達は二人で帰路に着きました。
モールにいた時間はそこまで長くありませんでしたが、出かけたのが昼だったため空は茜色に染まっています。太陽は沈みかけ、反対側の空は暗くなりかけていました。
こんな時間まで買い物をしたのは久しぶりです。
いつもなら午前中に買い物に行くのですが、今日はやる事があったので午後になってしまいました。
「ふぅ......」
失敗しました。
本や食材を買ったはいいものの、重いです。少なくとも私の筋力では。息を整え前を向くと、目の前に手のひらが差し出されました。
その主はもちろん千堂さんです。
「手に持ってるやつ、貸してくれ」
「え?いえ、そういうわけには.....」
「いいから。ほら」
半ば強引に要求され荷物を渡すと、千堂さんはそれを持って再び歩き始めます。彼も同じくらいの量を持っているはずですが、それをおくびにも出していません。
「ありがとうございます」
「別に、僕がやりたくてやっていることだ」
荷物を持ってくれましたが、歩く速度は速いまま。自然と前後に並ぶ形になります。
なんで持ってくれているのか、それは分かりません。早く帰りたくて私が焦れったかったのかもしれませんし、そうではないかもしれない。
ですが——
「それでも、ありがとうございます」
お礼を言わない理由にはなりません。
彼がどんな気持ちで持ってくれていようと、そのお陰で私が楽を出来ているという事実は無くならないのですから。
「......ああ」
そこからの帰り道。マンションに着くまで、私達の間に会話はありませんでした。
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