第8話 鶴に恩返しはできない
土曜日。
ストレスに悩まされることなく堕落した一日を遅れる休日だ。
仕事に行く大人には申し訳ないが、今日は一日中読書に集中させてもらう。買っておいて読んでいない本が5冊ほどあったはずだ。
無ければ今日は書店に行って明日読めばいいしな。
そう思い、部屋を埋め尽くす本棚の中から読んでいなさそうなタイトルを探す。ライトノベルから純文学まで何でも揃っている、少し自慢の本棚である。
容量が大きいので値が張ったが、まあ誕生日プレゼントに貰ったものだし僕の財布に影響は無かった。
ふむ、「孤島の星」か。面白そうな名前だ。
ジャンルは.....ラブコメディ。ミステリーかと思ったが、まさかラブコメだったとは。
もう少し明るいタイトルにした方が売れるんじゃないか?
自分の買った本くらい覚えておけと思うかもしれないが、これは僕の本ではない。父の本だ。
適当に何冊か読んでいないのを持って来たのが偶々これだっただけである。
その時、ソファに置いたスマホが振動し、メッセージが画面に表示された。
内容は『暇なら遊ぼう』という五十嵐からのお誘いだ。それに
『悪いが僕は暇じゃない。他を当たってくれ』
と返す。別に未読スルーをかましても良かったのだが、情けをかけてやった。
さて、本を読も——
ブブッ
再びスマホが振動する。見てみると、相手は変わらず五十嵐だった。
『でも返信をすぐ返すあたり本当は暇なんじゃねえのぉ?』
.......しつこい奴め。本気で未読スルーをされたいらしいな。だがここで引けば事実上の敗北が課せられる。それは断じて認められない。
『偶々だ。邪推はよせ』
『そんなこと言ってまた返してくれてるじゃーん』
『君が即レスするからだろうが!集中できないんだよ!』
『?何に?』
『勉強だ。君と違って僕は真面目なんでね』
『勉強なら明日でも出来るくね?』
『決めたスケジュールは守らないと気が済まないんだ』
『ふーん、まあいいや。無理に誘って悪かったな』
『ああ、気にするな』
ふう、やっと終わった。
無意味なメッセージのやり取りはここにて終焉を迎える。と思いきや、また一度だけスマホが振動した。
『じゃ、読書楽しめよ』
あいつ.......エスパーか何かなのか?
僕は五十嵐と少し距離を取ることを決め、本の表紙を開いた。
♦︎♢
そうして本を読み続けて夕方。
「孤島の星」だけではなく、何冊か貯めていた本を読破することができた。
大体が傑作揃いで、大変面白かったとだけ言わせて貰おう。
明日はゲームでもするかと思いながら、僕は朝から何も食べていない事に気付く。
朝ご飯にはスティック状のパンを食べたが、本に熱中していてお昼ご飯を食べるのを忘れていた。
かといって何かつまめるような物もなく、もはや夕食の時間が迫っている。冷蔵庫を開けてみれば、ろくな食材が入っていない。
木曜に使い果たし、今日買いに行こうとしたのを忘れていたのだ。
これでは何も作れないだろう。
——仕方ない。今からでも買い物に出かけるとするか。
玄関へ向かうと、突如来客を知らせるインターホンの音が部屋の中に響く。
何か荷物を頼んでいただろうか。そう思い覗き穴から見てみれば、栗色の髪が揺れていた。
お隣さんが訪ねて来た。
字面だけみれば何の変哲もない言葉だが、僕からすればこの事態は大事である。
あんなに孤高を貫いている白無が休日に僕の家を訪ねてくるなど、天変地異の前触れとしか思えない。
だからといってドアの前で女子を待たせるわけにもいかず、僕は鍵を開けていつもより重く感じるドアを押した。
「.......何の用だ?」
パチリと大きな瞳を開いた白無に問いかける。
「お裾分けに来ました」
その手には湯気のついたタッパーがあった。
作り立てなのかは分からないが、お裾分けと言うからにはそうなのだろう。
よし、断ろう。
だって後が怖いし、あまり関係性を持ちたくない。
「先日のお礼です。遠慮なく受け取って下さい」
そんな不誠実な思考を読み取ったのか、遠慮するなと言ってくる白無。
その目は真っ直ぐと僕を見ている。
それがなんだか決まり悪く、僕は目を逸らした。
「夕食をもう用意してあるなら明日食べてくれればいいですので」
用意してあるならどれだけ良かったか。
完全な善意でこれをやってくれている白無に嘘を吐くのは流石の僕でも良心が痛む。
極め付けは、朝から何も摂取していない強欲な腹が出した大きな音だった。
「なら、受け取っておく。丁度夕食が無くてな。タッパーは明日返すよ」
「はい、それではこれで」
白無はそれだけ言って自分の部屋へと戻っていった。
そうして受け取ったタッパーは予想通り暖かく、指先からじんわりとした熱が伝わっていくようだ。
部屋へと戻り、僕は早速タッパーの中身を照覧させてもらう。入っていたのは肉じゃが。
茶色っぽい料理だが、人参が入っていたりと白無の健康志向の高さが窺えるものだ。僕だったら野菜の量はもっと少ないだろう。
子供じゃあるまいし野菜が嫌いなわけではないが、断じて好きというわけでもない。
なので自然と食べる量が減っているだけだ。一人暮らしともなれば尚更な。
テレビをつけて箸を用意し、いざ白無の手料理をいただく。
これ、学校の男子に高値で売れそうだよな。《聖女様》の手料理なんて金を払ってでも食べたい奴がいると思うんだが。
........幸運、とでも思っておくか。
実際美少女の作る料理に興味が無いわけではない。果たして美味しいのか、不味いのか、それとも優等生に反して普通なのか。
それでは、いざ実食。
箸を口へと運び、僕は一言呟いた。
「うまっ」
学校一の秀才は、どうやら料理の腕前もそれ相応ということらしい。
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言い忘れてましたがサブタイトルと内容はほぼ関係ないです。
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