第7話 持久走以外なら

人はなぜ運動神経などというものを測るのだろうか。

将来アスリートにでもならなければ運動能力など就職に役立つことはない。高校や中学で恋愛の基準になろうとも、社会に出れば金と性格が全てだ。

運動神経でぶいぶい言わせられるのは高校までなのである。


つまり、意味がない。こんな非生産的な事をしているよりも勉強していた方がためになるのではないか。

そう、僕のようなインドア派は思うのだ。


今日は体力テスト当日。

午後いっぱいはその時間に当てられ、やりたくもない労働を強いられる。


「上長袖で暑くねーの?」


男子更衣室と化した教室で、辟易している僕に五十嵐が話しかけてくる。


「暑くはない。今は春だからな。君こそ寒くないのか?上下共に半丈とは」


僕は基本上が長袖なことが多い。夏ならまだしも、この季節に袖を無くす意味が分からん。


「寒くはない。今は春だしな」


そう言って五十嵐はニヤリと笑う。意趣返しのつもりか?


「ま、春はちょうど良い季節ってこった」

「早く体育館にいくぞ、五十嵐」







♦︎♢







今日は体力テストです。

こんなものをやる意味が私には分かりませんが、サボるわけにはいきません。社会に出て握力が何の基準になるんでしょうか。


「反復横跳び一回目、いきまーす!」


そんな掛け声と共に反復横跳びが開始されます。

女子は最初室内種目からで、男子は外種目からスタートでした。

体育館の地面が大きく揺れ、体育館履きの音が響きます。


続いて握力、上体起こし、長座体前屈などの種目をこなしました。

結果は全て平均少し下。感想としてはこんなものだろうといった感じです。想像通りとはいえ、他の女子生徒が高い記録を出している中では少し落ち込みました。


疲れます。本当に疲れます。

普段から運動をしていないだけあって、驚きの体力の無さが露見しています。とは言っても誰も私のことは見ていませんし、そんな友人もいませんが。


上体起こしの時は少し困りましたね。なにせ足を抑えてくれる人がいないので、危うく一人でやる所でした。

しかし、他クラスの人が助けてくれたのです。


「あはは!やっぱり握力が一番でしょ!」


九条くじょう みなとさん。

私と違うクラスで、いわゆる陽の者です。自慢ではないですが、私は人付き合いというものが大の苦手です。

なので九条さんのような方に憧れないといえば嘘になりますが、握力の計測が一番楽しいというのには共感できません。それに、今は友人が必要だとも思いませんし。


最後の立ち幅跳びも計測し終わり、次は外での種目です。

私達は靴を履き替え校庭に出ました。ここは私立なので体育館だけではなく、校庭も驚きの広さです。こんな面積が必要なのかは分かりません。部活が多い影響ではないでしょうか。


だとしても、やはりこんなイベントに疑問を禁じ得ません。私のような運動音痴に対する公開処刑に他ならないでしょう、こんなの。


そう心の中で文句を言っても、何も変わることはなく。器具の故障もなく外での測定が始まりました。


九条さんは運動も得意なようで、すべて平均以上の記録を叩き出しています。.....羨ましいですね。


種目はハンドボール投げと50メートル走の二つでした。

中学であった持久走はなく、代わりにシャトルランがあるのですが、それは体育の授業で行う予定です。


ハンドボール投げは苦手です。

大体の種目は苦手ですが、その中でも群を抜いて苦手なのです。

結果は散々、頑張ったつもりでも平均以下しかボールは飛んでいきませんでした。

ボールに何か細工がしてあるのでは....?


次は最後の種目、50メートル走です。

いざスタートラインに立ってみると、思ったよりも長く感じるのは何故でしょうか。とは言ってもこれが今日最後の種目、無様な形で終わるわけにはいきません。

結果を気にしているわけではありませんが、出来ないというのはそれだけで不愉快な事象ですから。

全力あるのみ、です。


校庭に銃声が響き渡り、私は足を必死に動かします。今にも千切れそうですが、それを耐えて私は走りました。

ここで減速すれば私は私を許せません。やるしかないのです。


結果は9秒38。

私の中では歴代最高記録を叩き出しました。


「はぁ....はぁ....」


代わりに体力のほとんどを使い果たしましたが。


先生に許可を取り、授業時間の終了まで木陰で休むことにしました。さすがにもう限界です、燃え尽き症候群です。

目眩がしますし、もう体力テストなんて二度とごめんですね。


そう思っていた所、前から足音がしました。

顔を上げて見ると、何故か千堂さんがそこにはいます。男子は体育館でのはずですが、何故——


「大丈夫か?一応飲み物を持ってきた。かなり辛そうだったからな」


ぶっきらぼうに言い、私にペットボトルを差し出す千堂さん。ひんやりとした感覚が、手の平から伝わっていくのを感じました。


「病み上がりだというのにあんなに全力疾走する奴があるか。少しは自分を労われ」

「すいません、ご迷惑をお掛けしました」


言い返したいという気持ちもありましたが、看病をしてくれた千堂さんには反論できません。

私を心配して、というよりは自分の看病を無駄にされたくなかったのでしょう。


私が飲み物に口をつけると、千堂さんも持っていた水筒の水を飲んでいきます。


「........そういえば、白無は部活とか入るのか?」

「分かりません。でも、入るとしたら文芸部だとは思いますが.....千堂さんは?」

「僕は帰宅部一択だよ。入るつもりは無い」

「そうですか」


「「...............」」


沈黙。一昨日ぶりの沈黙が場を支配します。


「まあ、なんだ。無茶はするなよ。じゃ、僕は戻る」

「飲み物、ありがとうございました。後でお金返しますね」

「いや、いいよ。僕がやりたくてやった事だしな。それに面倒だし」


小声で最後の方は聞き取れませんでしたが、千堂さんはそのまま歩いて行ってしまいます。

私は絶対にお金を返すことを決め、少し遅れて自分の教室へ戻りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る