第5話 看病とその後
「一応言っておくが、僕は君が寝ている間何もしちゃいないぞ。神に誓ってな」
寝ている人間にちょっかいをかけるような性格はしていない。あとで疑いをかけられるのも面倒なので僕から申告するのが一番だろう。
「そうですか。......とゆうかキリスト教だったんですか?」
「いいや?僕は生まれながらの無宗教だが」
「なら意味ないじゃないですか」
「それだけ真剣に言ってるってことだよ」
あくまで比喩である。嘘をついていないということを主張しているだけだ。それに君が少し訝しむような目を向けていたからな。言われてから答えるのは弁解っぽくて説得力がない。
「邪魔だったのでブレザーは脱がさせてもらったけどな。それ以外は何も」
「そのブレザーは何処に?」
「そこのハンガーに掛けてある。結構濡れていたから乾かしている最中だ」
気付いていないかもしれないが、シャツが濡れていたので毛布を身体に巻かせてもらった。
実は死ぬほど迷ったのだ。身体を濡らしたままにするのは良くない。しかしシャツを脱がせるわけにもいかない。そんな事をした日には俺は即ブタ箱行きだろう。こんな形でニュースに載るのはごめんだ。だがそのまま寝かせれば布団も濡れる。それはまあいいがやはり風邪は悪化するかもしれない。
そこまで考え、結局毛布...というかタオルを巻いて寝かせることにした。応急処置に過ぎないが、やらないよりはマシだろうと判断してのことだ。
「ああ、あと僕はこれをネタにして君に恩を売ったり何かしてもらおうなんて思っていないからな?君、少し疑ってただろ」
そう言うと白無は驚いたように目を見開き、すぐに目を伏せた。
「そ、それは.....」
「別に責めちゃいない。警戒するのは悪い事だとは思わないしな」
まあ、白無ほどの美少女ともなればそれを警戒するのも仕方のない事だろう。
起きた時に一瞬見せた警戒の表情、あれはそのせいだと僕は推測した。あれを見逃すほど僕は鈍感ではない。つまりラブコメの主人公にはなり得ないということだ。
「すいません」
「そんなに謝ることはない。君が悪いわけじゃないだろ」
「「...............」」
この無言が辛い。コミュ障にはキツい一時である。何か気の利いた一言を言いたいものだ。
「.......何か、謝ってばかりだな。僕も君も」
「ふふ、そうですね」
精一杯絞り出した一言だったが、なんとか笑いを取ることができた。
すぐに謝るのも、白無の癖だろう。
この少ない時間での勝手な憶測だが、白無は他人を無条件で助けるということに納得できない
どこか自分を軽んじている。自分に助けられるような価値があると思っていない節があるように感じた。
.......僕の勝手な憶測に過ぎない妄言だ。それに、僕が気にするような事でもない。
「ところで、もう大丈夫か?歩けるようなら家に戻って休んだ方がいいと思うが」
「はい、歩くくらいならもう大丈夫です。色々ありがとうございました」
「礼を言われるようなこと.....ではあるか。ありがたく受け取っておく」
良い感じにまとめようと思ったのだが本音が出てしまった。お礼は素直に受け取るのが一番だな。
そう会話を交わすと、白無はベッドの中から這い出す。帰るのだから当然の動作、何気ない動きの一つでしかない。
だが——タイミングが悪かった。
熱が出ていて布団で寝る。その状況下で人間という生き物は汗をかく。周知の事実であり、そう気にすることでもない。
着ている物がシャツで、目の前に異性が居なければ、の話だが。
「ちょっ!君.....」
バッ!と音が鳴りそうなスピードで顔を逸らすと、首がゴキリと音を立てる。最初は惚けていた白無も、僕の反応から気が付いたのかハンガーからブレザーを剥ぎ取り前を隠した。首が痛い。
さっきの無言よりも数倍気まずい沈黙が僕らの間に流れる。さて、この空気は僕には少し重荷だな。適正レベルにして欲しいものだが.....やり直しは効かない。
白無に至ってはブレザーから僅かに覗いた上顔部が真っ赤に染まってしまっている。
「見ましたか」
「見ていない.....って言って信じるか?」
「いえ、愚問でしたね」
声は冷ややか。先程の白無はどこにいった?
「大丈夫そうなのでもう帰ります。後日、お礼に伺いますので」
さっさと荷物をまとめて白無は玄関へ向かう。
まあ致し方ないか。思い至らなかったという意味ではどちらにも非がある。
「改めて、今日はありがとうございました。それではまた学校で」
「ああ」
明日くらいは休んだ方がいい——そんな言葉を続けようとしたが、これはお節介に当たるのではないか?と思いなんとか踏み止まる。
「千堂さん?」
「いや、なんでもない。それじゃ」
不審がられたが、やっと白無は僕の家を出ていった。嫌だったわけではなくとも、部屋に客人がいるというのは神経を使う。
そういえば、お礼に伺うとか言っていたな。いちいち律儀な奴だ。
「僕も夕ご飯を食べるか」
キッチンへ行き、いつもよりも手の込んだ料理を作っていく。そうでもしていなければ思い出してしまうからだ。
白無の透けた下着を。
煩悩よ去れ!そう願いながら野菜を切り刻む。
まあどうせもう関わる事は無いだろう。下着事件のわだかまりも解けたことだし、ここからは僕の平凡な高校生活が始まる。
そう、思っていた。この時までは。
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