第4話 熱と風邪とお粥

遠くから歌が聞こえました。

誰の声かも、何の歌かも分からないけれど、ただ綺麗な歌だったと思います。どこか懐かしいような、そうでもないような歌。


もっと聴きたいと思っても、段々声は離れていきました。いえ、私が離れていっているような.....。


目が覚めると、そこは見覚えのない部屋。少なくとも私の部屋でない事は確かです。私は家まで帰って....その後どうしたんでしたっけ。記憶がありません。


「ここは.......」

「ここは僕の部屋でそこは僕のベッドだ」


横から声がして驚き振り向いてみると、隣人である千堂さんがそこにはいました。


なぜ、どうして。そんな疑問ばかりが浮かんで来ます。

ここが千堂さんの部屋でベッド?意味が分かりません。なんで私がそんな所で寝ているのでしょう。


「なんでここにいるのか、って顔だな」

「それは.....まあ。なぜ私は貴方の部屋に?」

「そんな怖い顔をするな。君が家の前で倒れていたから運んだだけだ。あんな状態の人間を放っておけるほど僕は人でなしじゃなかったみたいでね」


家の前で....私は倒れていたんですか。なるほど、そこまで体調が悪かったとは。


「まあいい。まずは熱を測れ。話はそれからだ」


体温計を放り投げると、千堂さんは直ぐに部屋を出て行きました。

おでこには冷えピタが貼ってあり、枕元にはスポーツドリンクが置いてあります。ちゃんと看病をしてくれていたのが分かるようで、少し疑ってしまったのが申し訳ない。


そう思いながら、私は熱を測りました。







♦︎♢







パタリと自室の扉を閉じる。

興味が無いにしろ、自分の部屋に女子がいるという状況には少しクる物があると初めて分かった。部屋の汚さなどは微塵も気にならないが、それでも女子がいるという付加効果だけでここまでとは。


みくびっていたな。


「........さて、キッチンに行くか」


正気に戻った僕はしゃがみこんでいたドアの前から離れ、数歩先のキッチンへと向かう。

さっき作ったお粥とスプーンをお盆に乗せ、部屋へと戻った。


冷蔵庫になけなしの材料があって本当に良かったと思う。スポーツドリンクや冷えピタはいざという時のために常備してあったので大丈夫だったが、今日買い物に行こうと思っていたのでお粥の材料があるかは心配だったのだ。

まあそれも杞憂に終わったわけだが。


部屋に入ると、白無が温度を測っている最中だった。


「何度だ?」

「三十七点八度です」

「ふむ、微熱か。お粥を作って来たんだが食べられそうだな」


少し寝ただけだが微熱まで下がったようだ。ならば明日には治っているだろう。それまで無茶をしなければ。

ちなみに僕は子供の頃熱なのに雨の中で遊んだことがある。親にしこたま怒られたけどな。


白無は受け取ったお粥をまじまじと見つめている。食べようという意思が感じられないんだが。


「なんだ?食べられないのか?」

「え?」


まだ意識が朦朧としているのか、素っ頓狂な声を上げる白無。こんな声も出せるんだな、コイツ。


しょうがない。


「貸してみろ。食べさせてやる」


ぼけっとしている白無の手からお粥の器を奪い、スプーンで一口掬ってピンク色の唇の前に運ぶ。

ここまでお膳立てしてやったというのに白無に食べる動作が見られない。なんだ?僕の作った料理は食べられないとでも?


そう思っていると白無はパクリと遠慮がちにスプーンを口に咥えた。思いの外熱かったのか目を見開いている。それでも絵になるのだから美少女というのは役得だな。というか猫舌だったのか、冷ますのくらいは自分でやってくれ。








そうして僕は白無にお粥を食べさせた。

そこそこの出来だったはずだか、感想を聞くことは出来なかったので味の良し悪しは分からない。途中からはちゃんと食べていたので不味くはなかったのだろう。


「少し寝れば歩けるくらいには回復しそうだな....って大丈夫か?顔赤いぞ」

「だ、大丈夫です。お気になさらず」


そうは言っても気になるだろ。熱がぶり返したのか?やはり今すぐ帰すのは心配だな。

だからといってもう六時だ。遅くまで僕の家に居られるのもどうかと思う。どうしたことか。







♦︎♢







千堂さんのベッドに横になり、私は彼に問いかけました。


「千堂さんは....」

「ん?」

「千堂さんはなんで私にここまでしてくれるんですか?」


なんで私を助けてくれたのか。それがずっと引っかかっていたんです。何もメリットがないのに、なぜ。


「はあ?目の前で倒れている人がいて素通りする奴があるか。僕じゃなくともそうしただろうさ」


ことも無げに千堂さんはそう答えました。

そんなはずがない、そう思います。倒れている人がいたとして、大半の人はそれを見捨てるでしょう。大して仲良くもない人に、ここまで面倒を見る義理は無いのですから。


「あのなぁ....そりゃ見ず知らずの人間なら家に上げるのだって渋るさ。助けるのだって躊躇する。でもな、お前は知り合いだし恩を仇で返すような人間でもないだろ」


それだけだ、と彼は言います。私はそこまでしてもらうような態度を彼に取ってきたとは思いません。


「そういえば.....すまん。事故とはいえ僕は君の下着を見た。そこに一変の曇りもない。だから何というか.....悪かった」


こんな、謝られるような態度も。

あれが事故だということも分かってはいました。それでも何処か意固地になっていた自分がいたんです。許せないと。そう思っていた自分が。


「私も、すいません。意地になっていました」


やっと謝れました。時間にして二週間ほどしかありませんでしたが、それでも私の肩に乗っていた重荷が取れた気がします。

あの時、私が走り去らなければこんな拗れていなかったのでしょうか。それはまあ、神のみぞ知る、といったところですね。








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視点をコロコロ変えたので読みづらかったかもしれません。でも多分これからもこういう回があると思います。

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