第2話 入学式
「では、続いて校長先生のお言葉です」
そんなアナウンスが体育館内に響く。
衝撃の長さとつまらなさを伴う校長の話を右から左へと聞き流しながら、僕は周囲を観察していた。
馬鹿みたいに広い体育館はまさに私立ならでは。
進学校といえど、運動を疎かにしていいというわけではないと物語っているようだ。
ふむ、僕に喧嘩を売っているのか?
体育なんかやるくらいなら座学の方がマシだ。
まあつまらないなら寝ると思うけれど。
そしてその広い体育館を埋め尽くすほどの生徒と保護者。
マンモス校みたいだ、それほど生徒はいないが。
心なしか保護者も頭が良さそうに見える。エリートって感じが......気のせいだな、スーツを着ているからそう見えるだけか。
ちなみに僕の両親は来ていない。二人とも仕事が忙しいので、制服を着た写真だけは送っておいた。
進学校とはいえど、せいぜい県一番と言ったところだ。全国的に見れば上はいくらでもいる。
それに僕のように校長の話を聞き流しているやつの方が多いときたもんだ。聞く必要が無いのは分かるが寝るのはやり過ぎじゃないか?
僕は入学そうそう怒られたくはない。
寝ているやつらが怒られないかと先生に熱い視線を送っていると、周囲が拍手を始めた。
やっと話が終わったらしい。真面目に聞いているとは信じられないな。
「次に、新入生代表 白無 真白さん」
ほう、アイツが新入生代表とは。
確か新入生代表は入試の点数で選ばれるはず。つまりかなり高得点だったってわけか。
白無が登壇した瞬間、体育館内に溜息が充満する。彼女の容貌を見ればその反応も頷けるが、教師陣までそれはどうなんだ。
はたから見るとちょっと危ないぞ。
白無はお手本のように綺麗なお辞儀をして、手に持った紙を開きそれを読み上げ始めた。
「あたたかな春のおとずれと共に、私たちは—」
これにしても僕はまったくもって興味がない。
挨拶なんぞ最早テンプレの宝庫でしかないのだ。使い古された表現を、あたかも自分の意思のように話す一種の儀式のようなもの。
聞くに値しないとはこの事である。
と、その時右肩をツンツンと叩かれる感触がして僕は咄嗟に目を向ける、
チャラ男。最初に抱いた印象はそれだった。
少し遊ばせたような茶髪も、入学式だというのに着崩された制服も、人の良さそうな笑みも、なんかチャラい。そうとしか表現できないような男だった。
「おっす、俺は
「勝手に話を進めるな。僕の自己紹介がまだだ」
「おっと、そりゃすまん。で、あんたは?」
はあ、距離の詰め方がおかしいんだよ。これだから陽キャは。
「僕は千堂 雪哉だ。よろしく。それであの女がどうしたって?」
「美人じゃね?って話だよ。てかあの女呼ばわりって...お前くらいだぞ?そんな呼び方すんの」
「そうか?聞いたわけでもないのに何で分かる」
「バッカお前、周りを見てみろよ!」
馬鹿とは失礼な。頭は悪い方じゃないぞ?
まあそれは置いておいて、周囲を見渡す。ああ、なるほどな。
「全員すでに骨抜きってわけか。もしかして君もか?」
「そゆこと。俺?俺は違うぜ。すでに彼女がいるからなぁ!」
自慢してきた広橋の頭を引っ叩く。
「うるさいんだよ!もっと小声で話せ!」
ギロリ、そんな効果音とともに、巡回していた先生の目がこちらを向いた。
二人して椅子へ深く座り込み、手を膝の上において背筋を伸ばす。危ない危ない、入学式中にくっちゃべっている不真面目な生徒だという烙印を押される所だった。
それも全てコイツのせいだ!と言い訳をしてみるも、虚しいだけ。
気がつけば新入生代表の言葉は終わっており、もう閉会の言葉が始まっている。
例に漏れず、僕はそれも聞き流し入学式は無事終了した。
そしてクラス分け。
僕は一組だったため、二階の教室へと向かう。
どうやら五十嵐も同じクラスだったらしく、僕の後ろでペチャクチャ喋っている。よくもまあそんなに話すことがあるものだと半ば感心しつつ、適当に相槌を返すことにした。
教室に着くと、黒板に席表が貼ってあったためそれに従って席に着く。
「席近くて良かったなー!」
やっと五十嵐と離れられると思っていたのに、まさかの前の席だった。番号順じゃないのか!?
クソッ!僕の平穏を壊しやがって。席割りを作ったのは担任か?その面を早く拝んでやりたい。
まだ見ぬ担任に向かって呪詛の言葉を吐いていると、突然教室内がザワつき始める。
元々うるさかったが、違う種類のザワつきに変わった。何か、そう、アイドルでも来たかのような——
キィ、と隣から音が鳴る。
それは椅子を引く音。大した物じゃない。そう分かっているのに嫌な予感が止まらない。
まて、さっき見た時、座席表にはなんて書いてあった?
僕の隣の席は......
目を凝らす。そうせずとも隣を見れば解決するが、そうまでしても認めたくなかったのだ。
『白無 真白』
この不吉な名前が、僕の隣に書いてあることを。
「う、そ、だろ.....」
「こっちのセリフです。ふざけているんですか?」
一瞬のアイコンタクトで悪態をついてくる白無。
何の高等テクニックだよ。
あまりの衝撃に返答する気にもなれない。
遠くから、五十嵐の下品な笑い声が聞こえた気がした——
白無の家が隣であり席も隣である。
その事実は思っていたよりも不快ではなかった。
用件が無い限りはアイツも悪態をついてくることはないし、家が隣だからといってそこまでの関わりがあるわけでもなかったからだ。
それに俺自身白無への怒りなんてものはもうほとんどない。あっちがどうかは知らないが、少なくとも僕はもう冷めている。
態度が気に食わないというのはあるかもしれないけどな。
そういうことで、僕は順調に学校生活を楽しんでいる。
「雪哉、飯食いに行こうぜ!」
とはいえ、友人と呼べるような友人は五十嵐の奴しかできていない。友人と呼ぶのも少し癪なのだが、思っていたよりも僕は社交性が無かったらしい。
反対に五十嵐はイメージ通りコミュ力お化けといった感じで、すでにクラス内でも男子からは信頼を得ているようだった。
それでも何故か五十嵐の奴は僕に付き纏ってくる。
他にもっと話が合う奴がいるだろうに、アイツは昼飯に僕を誘うのだ。
「悪いな、今日は弁当なんだ。食堂に行くなら一人で行ってくれ」
「嘘だろ?お前が弁当って...一人暮らしなんじゃないのかよ!?」
「僕だって料理くらいは出来るぞ。最低限だがな」
幼い頃から両親が家にいることが少なかったため、料理は自然と覚えてしまった。誰かに教わったような気もするが、恐らく気のせいだろう。
「おお、美味そうだな.....」
弁当の蓋を開くと、五十嵐は感嘆の声を漏らす。
別に普通の弁当だが、毎日学食を食べているコイツからしてみれば良い物に見えるのだろう。
「なあ、一口——」
「駄目だ」
「まだ言ってねえよ!」
「ほぼ言いかけていただろうが。それに金があるなら素直に学食に行け」
手持ちが無いならまだしも、その右手の財布を有効活用してやれ。勿体ない(?)だろ。
そう言うと、五十嵐は走って食堂に飯を買いに行った。やっと落ち着いて食べられる。
うん、今日も普通の味だな。
そんな感想しか浮かばないが、本当に普通の味だ。
まあ毎日食べていれば特別感も無くなるか。
そこまで多くもない弁当を食べ終わり、僕は職員室へと向かうことにした。
望んでのことではない。先生に来いと言われたから行くだけだ。誰が好き好んで職員室なんていう所に足を運ぶものか。
少ない昼休みの時間を無駄にするのは腹に据えかねるが、さすがに無視するわけにはいくまい。
これでも学校では優等生で通すつもりなのだから。
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