「氷の聖女」が引っ越し先のお隣さんだった件
柏餅
第1話 エンカウント
「.............................」
「.....................何か?」
この春から一人暮らしを始めたマンションの玄関前にて。
僕、
決して相手を恐れたとかではなく、単純に学校に早く行きたいからだ。決して相手を恐れたわけじゃない。
そのお相手の名は
百人に聞けば百人が美少女だと答えるような美貌の持ち主だ。栗色の滑らかな髪は太陽の光を受けて輝き、パッチリとした瞳や小ぶりな鼻、真紅の唇が彼女の容姿を引き立てていることは言うまでもない。
僕が見ても歯を食いしばりながら美少女だと答えざるを得ないほどだ。
「邪魔です。退いてください」
だというのにこの毒舌。最初の「邪魔です」はいらなくないか?余計な一言を付け足しやがって。
「なんでだよ。僕だって学校に行くんだから退く必要ないだろ」
「あなたが私の前を歩くなんて我慢なりません。また変な事をされるかもしれませんし」
「だからあれは事故だって.....!はぁ、どうせどれだけ言っても聞かないんだろ。退いてやるよ」
白無は僕が簡単に引いたのを訝しむような視線を向けながら目の前を通り過ぎていった。
コイツと押し問答をしても時間の無駄だ。なら僕が引いてやった方が理にかなっている。まあ、僕が引くのではない、引いてやるのだ。
そこを勘違いするなよ。
誰に言われるまでもなく僕は白無が乗ったのとは別のエレベーターに乗り込む。
こんな狭い空間に二人きりなぞゴメンだね。もしそうなったら僕は五階から飛び降りてみせる。
そうこうしているうちにエレベーターは一階へと辿り着き、僕は前を歩く白無を視界に入れないように気をつけながら歩き慣れない通学路を歩く。
振り向いた白無と目が合い、お互いに冷ややかな視線を応酬し目を逸らした。
はあ、なんでこんな事になったのやら。
と嘆いてみるも、まったくもって心当たりが無いというわけじゃない。
というかめちゃくちゃある。
あれはここに引っ越した来たばかりのこと——
春。
別れと出会いの季節だ。
そんなお涙頂戴のフレーズには微塵も興味はなく、僕からすれば春なんてのは季節の一つに過ぎない。
そんな僕は中学卒業、高校入学を機に一人暮らしをすることになった。
これは前もって親と決めていたことで、経験を積むためという名目で行う社会学習だ。建前は。
本音を言うならただの興味。一人暮らしというものを一度は体験してみたかっただけである。
親のいない生活とはどんなものか、と。
まあ実際大したものではないとか本当に良いとかは聞くが、自分で試さなければそれは分からない。何故かは知らないが親も乗り気だったので、見事僕は一人暮らしデビューを果たしたのだ。
そういうわけで春休み中盤、僕は引っ越しを実行した。
テレビや冷蔵庫などの大型の荷物は業者の人に頼んでいたので、僕は私物を持って新居へと向かう。
もともと荷物といってもそこまで多くは無い。重い物は段ボールで実家から送ったし、そこまでたくさんは持っていなかった。
引っ越し業者の邪魔になるのも悪いと思い、僕は階段を登ることにしたのだ。
その時はいい運動になる程度にしか思っていなかったが、今思えばその選択が、その選択だけが間違っていたのではないか。
あの時の僕はどうかしていたに違いない。
階段を登り、確かあれは三階付近でのことだ。
当時から運動を一ミリもしてなかった僕にとって階段を登るなど苦行に等しい行為でしかない。
息を切らしながらも、えっちらおっちらと登っていた所、ついに膝の限界が来て踊り場で息を整えることにした。
そして、僕は階段の上から聞こえて来る足音に反射的に顔を上げた、上げてしまった。
その時、神の悪戯か、それとも奇怪な運命か、一筋の風が吹いたのだ。僕から見て、前から後ろに。
階段から降りて来たのはスカートを履いた少女だった。
これがどういうことか?
懸命な人間ならお分かりだろう。
僕はその日、初めて目撃したのだ。
女子の下着というものを。
そして、次の瞬間にはその少女は顔を赤らめて走っていった。
ごめんの一言を言う間もなく、彼女は走り去ったのを僕は目撃したのだから間違い無い。
その衝撃を引きずりながら、僕は引っ越し先の部屋へと着いた。
そこからしばらくの記憶が無いので覚えてはいないが、運び込まれた段ボールを開けて部屋の物資を整えていたと思う。
その後段ボールの中から母さんが入れた隣人への差し入れが入っているのを見つけ、気を紛らわすために直ぐにそれを届けに行った。
ピンポーン
と高い音が鳴り、少ししてから人が走って来る音がし始める。このマンション、壁薄いのか?という疑問が湧きつつ、僕はインターホンから声がするのを待った。
「すいません、隣に越して来た者ですが」
ガチャリと鍵が開く音がして、ドアが開かれる。
「はい、何か用でしょうか.....」
出て来た少女に対する圧倒的な既視感。
お互いに目を見開き、口から声を漏らした。
「「あ」」
この時、僕の口からは史上最高に間抜けな声が出ていたんじゃないか?それほどまでに強烈なセカンドコンタクトだった。
そこからは散々。ただ挨拶周りに行っただけだというのに雰囲気は最悪、変態なんて言われたので玄関で口論になる始末だ。
最後なんて管理人さんに怒られた。
そんなこんなで、僕と白無の冷戦状態は以降続いたままである。
確かに僕が全面的に悪い、それは否定できない。
あそこで顔を上げなければ良かったし、すぐに土下座でもして謝るべきだった。
しかし、非があるのは僕だけだろうか?
アイツがスカートを押さえていれば良かっただろうし、その可能性を考慮しておらず油断していた白無にも非があるだろう。
なのに僕が変態呼ばわりされるのは大変遺憾だ。
僕は特殊性癖の持ち主ではないので変態と言われても不快に感じるだけだからな。
.........はぁ、生産性の無い話はやめようか。
なにせ、僕はこれから入学式なのだから。
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今日は二話投稿します。
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