処刑寸前の悪役令嬢に憑依した私はSNSを駆使して生き延びる

eLe(エル)

第1話 記憶喪失の私の余命は1週間?

「即刻、ラトゥール公爵令嬢、カノン嬢の有罪判決を求めますわ!!」


 え、何々。


 有罪? 令嬢? 一体何のことですか?


「……ふむ。だがしかし、カノン嬢の脚本家としての実績は計り知れぬものがある。今すぐに結果を出すのは早計そうけいと言えよう」


「何をおっしゃいますの、アグレイム神官。度重なる圧政。私的な感情から私共貴族を争わせ、他国にも及ぶ混乱。この国を乱れさせた元凶はどなたか、もうお忘れで?」


 な、何? この人たちは一体何を話しているの?


 私は何を見ているんだろう。映画の撮影? いや、違うよね。それにしては随分とリアルだ。けれど、ここまでのことを一切覚えていない。目の前で起きている事自体は理解できるけど、話の内容は初めて聞くことばかりだ。


 まるで物語の中に迷い込んでしまったような感覚。うっすらと記憶の底に眠る、舞台だとか映画のような非現実的な体験に近い。文化も世界も、馴染みのあるものとは遠い気がしていた。


 でも、目の前にあるもの全てがあまりにもリアルで、現実味があった。


「何より彼女は、このフレイミニアン公国のいしずえである芸術を汚したのです!! 彼女は、この国で最も犯してはならないことをしましたわ。それは脚本家として……他人の作品をあたかも自分のもののようにうたい、発表した。何とも下劣な盗作行為。それによって得た富と名声で私腹を肥やし、一方で平民には我慢をいてきたのです」


 周りを見渡すと、ここは教会の一室のようだった。そこには数人の豪奢ごうしゃな服を着た人たちが立っており、いわゆる貴族と呼ばれる人に見えた。


 声を荒げ、意気揚々と話し続ける女性……というか、少女? 一体誰だろう。その眼差しはとても鋭く、私に対して向いているようだ。観衆も大方、私を睨み付けていた。理由はさっぱりだったけれど。


其方そなたの主張も分かるが、一旦落ち着いてはもらえんか、オルヴェーニュ侯爵令嬢、セロ嬢。確かにここまで何度も証拠を重ねて、今に至るのも事実。カノン嬢には度々非難の声が上がっている。……そこで提案だが、”民意裁判”に掛けるのは如何いかがかな?」


 もう一人、私と彼女の間に立っている白髭を生やした初老の男性が、アグレイム神官? 神官という名前だけあって、教会の人なのだろうか。というか、この状況、裁判に似てる?


 そう考えると確かに、彼は中立の立場でこの場を仕切ってくれているように見えた。彼は荒ぶる彼女に対してなだめるようなジェスチャーで。


「民意裁判、ね。ふぅん……ま、私は構わないけれど。そっちの”泥棒さん”がなんて言うかしらね?」


 で、この敵意剥き出しで、めちゃくちゃ顔の整ったお人形さんみたいな子は……やっぱり私に話しかけてるんだよね。さっき、セロ、って言ってたかな。というか、私の事もカノンって……あれ、私の名前って……なんだっけ。


 ともかく、彼女は私より小さいし、十四、五くらいだろうか。かなり若そうに見える……の割に、一切よどみのない喋り方。そうだ、令嬢って言ってたよね。いいところのお嬢様。確かに所作も何もかもが綺麗で洗練されている。


 と、観察していたのがしゃくに障ったのか、彼女は苛立ちを隠すこともなく突っ掛かってきた。


「ちょっと、カノン嬢? 聞いておられますの? もしかして……ここにきて後ろめたさが限界に達し、降参されるおつもりですか? 私としてはそれでも一向に構いませんわ。いずれにしても、貴女が盗作をしたことは紛れもない事実ですから。そして貴方のお父様は責任を負って爵位剥奪しゃくいはくだつ。没落貴族として、泥棒らしくみじめな生活をしていればいいんですわ」


 と、彼女はお上品に笑いながらも、さげすむような言葉を発していた。


 何か、煽られてるよねこれ。しかもさっきから随分酷いこと言われてるなぁ……というかこれ、そもそも私、喋れる? 多分、言語が違う気がするんだけれど……


「あ、あの……」


 と、私の言葉に彼女が反応した。よかった、言葉は通じる。


「ふん、ようやく喋りましたわね。けれど、もう結構ですわよ。この結果は民衆に決めて頂きます。それでよろしいですわね、アグレイム神官」


「私は構いませんよ。カノン嬢も……それでよろしいかな?」


「あ、いや、何がなんだかさっぱり……」


「ッ……ぷ、あはははは!! 今更しらばっくれても遅いですわ。貴女の悪事は、民衆どころか貴族全体が知る所。もはや貴女は、この国の悪者。私だけでなく、皆がそう思っているのです。その代表として、私が勇気を持って告発したのですわ。……公爵令嬢などと名乗れるのも、後数日ですわね?」


 彼女は吹き出して、高らかに笑い飛ばしてきた。私は彼女にとっての悪者らしいが、どちらかというと悪役っぽい笑い声は彼女の方が似合う気がする。


「……それではこの結果は民衆裁判によって決する」


 じゃなくて! これじゃあ何もかも分からない。ちゃんと対話しなきゃ。


「ま、待ってください!!」


 い、言えた。ようやく話が通じたようで、二人がこちらを見つめる。


 とにかく頭は追いつかなかったが、今必要な情報はなんだろうと考える。あんまり細かい話は聞いてくれなさそうだから、最低限聞いておかなきゃいけないのは。


「そ、その……民衆裁判って? 判決は、いつになりますか?」


 警戒していた表情の彼女が、小首をかしげてみせた。


「……どんな魂胆こんたんか知りませんが、今更無知を気取っても何も変わりませんことよ? 民衆裁判と言えば、これしかないでしょう?」


 彼女は私の質問に答える代わりに、自分の首に掛けてあった水晶のペンダントをキラリと光らせて、見せびらかしてきた。当然、何の意味かも分からない。


「……カノン嬢、民衆裁判は1週間後に行われる。そしてその翌日、民衆による投票の結果が言い渡されるのだ。その結果、死罪になろうとも我々教会の人間は勿論、貴族の人間、そして大公様も承知の上。弁明があるようであれば、その期間の内に進めることだ」


「い、1週間で……下手したら死刑って、こと?」


 神官の男性は静かに頷いた。彼女は綺麗な長髪をさっとなびかせてワザとらしく溜息をつくと。


「はぁ……もう付き合ってられませんわ。何をたくらんでるか知りませんが、いつもの貴女の方が潰し甲斐がありますのに、猫を被ってまで弱者を気取って足掻あがくなんて滑稽こっけいですわ。……それではまた、1週間後に。ごきげんよう、カノン嬢」


 そう言って二人は消えてしまった。


 ざわめく観衆も、瞬く間に教会から出て行ってしまう。

 口々に聞こえる、心ない言葉。それに、彼女を絶賛する声。

 何故か皆口々につぶやきながら、彼女が持っていたのと同じような水晶のペンダントを眺めていた。


『ざまぁみろ』『どうせ死刑だ』

『流石はオルヴェーニュ侯の娘だ、彼女に任せておけば安心だな』

『没落貴族になったら、俺が可愛がってやろうかな』

『見ろ、既に投票前調査が行われてる。こりゃ間違いないな』


 全く頭が追いつかない。


 これ、一体どうなってるの……!!


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