第2話 篠崎さん

わたしは部長に紹介される前から、この人が篠崎さんだと気づいた。

さっきのエレベーターの会話がまだ頭から離れないまま、イメージ通りの女性がそこにすわっていたから。

篠崎さんは営業2部からの異動だと部長が言っていたが、そんなことはどうでもよかった。わたしが興味をそそられたのはこの人が伝説の社員と呼ばれている理由をしりたかった。ただそれだけ。

それにしても、篠崎さんは美人だった。大きな切れ長の目、長いまつげ、さらさらのロングヘア、その上、背が高くて、出るところは出て、しまるところはしまる、女のわたしからみても、ほれぼれとする容姿であった。

このどこかミステリアスな雰囲気が彼女を伝説と呼ばれるまでに押し上げているのだろうか。


朝礼でも篠崎さんは注目の的だった。部長が彼女の経歴を話している間も、開発部の何人かの男性社員があれが篠崎さんか、とか、伝説の社員マジでかわいいとか、さわいでいたが、わたしはすこしイラっとしていた。

どうせわたしはかわいくないし、ちんちくりんのお子様体系ですよ!

「それはそれで需要があるんだけどな。」

わたしは背後からのささやきに悲鳴を上げそうになった。なんとかその衝動をこらえた。

「川田、びっくりさせないでよ、あとそれセクハラだからね!」

同期入社で開発部の川田トオルだった。

わりい、と言いながらわたしのうしろで手を合わせる川田を無視しながら、わたしは篠崎さんの自己紹介に期待を膨らませた。

篠崎さん一言お願いします。部長の言葉が終わらないうちに

「篠崎カナメです。よろしくお願いします。」

と淡々とした口調で早々に挨拶を切り上げた。


篠崎さんはわたしの直属の上司である、石上さんのもとで働くことになった。

つまり、わたしたちはおんなじチームになれたんだ。

わたしは早速

「東雲メイです。東の雲と書いてしののめです。」と私の中では比較的ウケのいい自己紹介をしたつもりだったのだけど、

「篠崎カナメです。よろしくお願いします。」

と先ほどと同じトーンで返されただけだったのは少しがっかりだった。


朝のメールチェックをしながら、わたしは篠崎さんを見ていた。

こんな風にいうと、ストーカーみたいだけど、違うからね。

篠崎さんは淡々と仕事をしているように見えた。すくなくとも、わたしから見たら。

わたしは伝説の社員というのは篠崎さんの美貌を羨む誰かがつけた尾ひれのない噂だったんだと思えてきた。次の言葉を聞くまでは。

「帰ります。お疲れ様でした。」

時刻は午前9時半、始業からちょうど1時間後の出来事であった。

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