働いてください!篠崎さん‼︎

岩之助岩太郎

第1話 伝説の社員

7つの大罪の一つに「怠惰」がある。

人は大多数の人が「苦」ではなく、「楽」を選択するだろう。

わたし、東雲(しののめ)メイもご多忙にもれず、その大多数の一人であった。

一年前に有名私立大学を卒業し、大手機械製造メーカーに就職した私は、はじめこそ、夢と希望をもって業務にあたっていた。しかし、現実は厳しいもので、納期や雑務の多さに私は嫌気がさしていた。今も、満員電車を降りて駅から事務所までの約1.5キロの道のりを歩いていたのだが、ここ数日、田んぼのザリガニも茹で上がってしまうような酷暑が続いており、わたしは、大粒の汗を流していた。

このまま引き返して家に帰ってしまおうかとも考えたが、実家すみのわたしには無理な話だ。わたしの母は、もうかれこれ20年近く近所のスーパーでパートをしており、私の学費を工面してくれた。今家に帰れば、母に合わせる顔がない。

しかたなく、止まりかけていた足を再び前に出した。

駅を出て地下道から線路を潜り抜け、少し歩くと住宅街が急に開けてきた。

この辺りは、昔田んぼしかなかったのだが、わたしの勤めている会社が土地を買収して新たに新社屋を建設していた。

わたしは、完成間近の新社屋を右手に臨みながら、事務所のある本社ビルの正面ゲートへと進んだ。

社員証をかざして従業員用の入り口で出勤記録を打刻して8階にある開発フロアのボタンを押す。

「いや、暑いなほんと。」

「ほんとに、勘弁してほしいですね。」

一緒に乗り合わせていた男性社員2人がつかぬ話をしていた。

18階のボタンを押したので多分営業部の人だろう。

「あ、そうだ、聞いた?あの子異動になったらしいよ。」

「ああ、誰だっけ、あの眼鏡をかけた物静かな女の子。」

「篠崎さんだ、彼女ある意味有名だもんな。」

「そうそう、本社じゃ都市伝説にまでなってるって噂だし。」

ピーン。

わたしは8階にとまったエレベータを降りるときに、その会話が少しだけ気になった。

しかし、そのまま聞き入るわけにもいかず、わたしはオフィスへと向かっていった。

「そういえば、篠崎さんの異動先しってる?」

「ああ、たしか開発部門じゃなかったか?」

「そうそう、生産管理部だ。」


わたしの所属する開発部門は開発部と生産管理部にわかれていた。

新人で一番下っ端の私の席はもともと入り口に近い生産管理部のさらに末席の一番入り口に近い席だった。

わたしは自分の席に着こうとすると、いつもとはちがう異変を察知した。

わたしの席の向かい側に眼鏡をかけたロングヘアの美人が座っていたのである。

これがわたしと篠崎さんの出会いであった。


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