第280話

 ダインの表情は真剣そのものだ。あら、それじゃあ、私はいない方がいいのかしら、ユリスはそういうが、ダインが引き留める。


「いえ、姫にもぜひ聞いておいていただきたいのです」


 ダインは腰を落ち着けると、ゆっくりと話始める。


「私の元々の職業ですが、実は宗教家、あるいは祈祷師と呼ばれるものだったのです」


 悪魔としての契約を満了し、この世に残ると決めた時、右手に光る石が入っているのに気が付き、それを日にかざすと必ずと言っていいほどに雨が降る。


「随分と崇められ、生き神様とまで言われたものです」


 各地を旅した、身を護るために身に付けた技と、宗教家としての実績が認められて、悪魔会議では高い席次が与えられた。ダインは続ける。


「まあ、重宝な雨男みたいなものです」


 この世界では、農耕は主要な産業で、人口の七割から八割は農民だ。その農民からの支持を得たダインは、偉業をなし続けてきたと言っていい。


「私は報酬として、食べ物を得て、そしてまた次の村落へと旅をする。必要がなければ、声は掛かりません」


 雨乞いはもっとも古い形態の祈祷といっていい。各地によってやり方は様々だが、農作物の出来不出来に直結するだけに、雨は非常に大切なのだ。それは灌漑が進んだいまでも変わりない。水は貴重な資源のひとつでもある。


「だからでしょうか、既存の宗教団体に妙な反発心があったと白状しておきます。何もせずに、信者の信仰心を食い物にしている、そんな錯覚をしていた時期もあるし、今でも少しは思っているのです」


 それもこれも、右手に宿ったこの能力が私を宗教家に仕立ててしまったからに他なりません。ユリスが口を差し挟む。


「それはそれで、他の人にはできない何かをやってこられたのですから、誇ってもいいのではないでしょうか? 他の宗教と比べるなど馬鹿げていませんか?」


 確かにそうなのですが……。ダインは口を濁らせる。


「この力が私本来のものであれば、そうは思わなかったのかもしれませんが、この力は借り物だったのです」


 借り物……?


「実際に貴方は、その力を使って雨を降らせ続けてきた。借り物だというその意味がボクにはよく理解できないのですが。間違いなく貴方の力でしょう?」


 私もそう思うわ。ユリスも同意見のようだ。


「私はこの力を誇ってもきた。それは間違いありませんが、ずっと考え続けてきたのです。特にミス・ミタマ、貴方を初めて見た時から」


 それは一体どういう意味なのでしょうか? ボクにはよく分からないのですが、説明してくれませんか? ボクの問い掛けにダインは頷き返す。


「貴方が会議場に姿を現した時、普段であれば、日にかざさなければ反応しないはずの右腕が疼き始めたのです」


 手が透明に近づき、石が脈動する。痛みは激しかったとダインは言う。


「それは共鳴ではないと今では分かりますが、その時は何が起こっているのかを理解するのに必死でした」


 石は本来の持ち主に出会い、歓喜していたのだ。それがダインの出した答えだった。


「ですから、今日ここで石をお返ししたいと思います」


 ダインは即断したようだが、ボクにとっては唐突過ぎた。


「ちょっと待ってください。確かに、ボクの身体は特殊です。いくつかの石を身体に宿しているのも本当です。しかし、ボクは無理をして石を集めている訳ではないのです」


 それに、もしダインから石を譲り受けたら、ダインはどうなるのか? それも大事なポイントだ。


「まず確実に、私の能力は失われるでしょう。私の役割は終わったのです。いや、変わると言っていいでしょう」


 ダインはユリスに向き直ると、頭を下げる。


「姫、ぜひお願いしたい」


 石をボクに返せば、ダインはただの悪魔となってしまうだろう。悪魔会議での席次も失ってしまうに違いない。


「そんな私が帝都に残っていても何ら意味はありません。できればで構わないのですが、スノック島へ幽閉していただきたい」


 もちろん、軟禁状態に置くわけではない。


「ドリートと同じように、ミス・ミタマの手伝いがしたいのです。私には世界を巡ってきた経験がある。きっと役に立てるはずですし、ドリートの手助けもできるはずです」


 ユリスはボクが石を吸収するところを何度も見て知っている。もちろん、ボクの本来の姿も知っている。


「石を譲り受けるかどうかは、スミタマの判断次第です。譲り受けると決まってから、島への幽閉が許されなければどうなるのです? あなたは一生、帝都で無為な日々をすごさなければならなくなります」


 スノックのように、老い先短い身であるのであればそれもいいだろうが、まだ壮年といっていいダインにとってはそれは辛い日々になるに違いないだろう。


「ですから、貴方の身柄をまずはスノック島へと移す。それが決まってから、石の譲り渡しを決めればいいのではないでしょうか」


 それは、ボクの石の譲り受けが前提になっている。


「ちょっと待って欲しい。もし身柄をスノック島へ移すと決定して、ボクが譲り受けないとなったらどうなる?」


 ボクは当然の疑問を口にする。


「いえ、スノック島への移動が決まれば、スミタマは石を受け取るのよ。それが決められた道なのだと分かってダインさんはここまできたの。スノック島はおまけみたいなものね」


 ダインはユリスに深々と頭を下げる。


「だから、ダインさん今日の所はお引き取り願って、あなたの身柄がどうなるのかに運命を委ねてみてはどうでしょうか?」


 ユリスは事も無げに言うが、何か魂胆でもあるのだろうか? ボクは話の急な展開に少し混乱してきたようだ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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