第278話
ダインは思う。悪魔会議は飯を必要としないだけまだましだったと感じた記憶がある。会議の有力メンバーとして出席していながら、悪魔の国という響きがどこか儚く、だからこそ美しいと思えた時期も確かにあったとダインは白状してもいい。夢を見ていたのだ。
議題は毎回同じであり、答えも毎回出なかった。同じ話しをし、同じ課題にぶち当たり、そして閉会する。何度出席しても同じだったが、その過程で出てくる言葉遊びが楽しかったりもしたものだ。
その会議がたった一人の悪魔の出席で大きく変わった。
席次が第五位から六位へと下がったが、どうでもよかった。初めてその姿を見たとき、ダインの右手が痛んだ。石が激しく鳴動した。右手が破裂し、今にも石が飛び出すのではないかという痛みを伴った。共鳴しているのではい。本来の主に帰りたがっているのだと、ダインにははっきりと分かった。
宗教家で、雨乞いで名の知れたダインは勘、行ってみれば予知にもすぐれていた。その予知が告げていた。この娘が全てを変えると。
悪魔会議の席次第十位であるリゴマ・カオシトルスと彼女が戦って衆議を決めようというその時に、ジャッジを買って出たのも、自分の存在を彼女に知ってもらうためでもあった。もとより、答えの見えない会議の行方にいささか辟易としていたのも本心ではあるのだが……。
彼女は、力自慢のカオシトルスを力で一蹴し、衆議を主導していった。帝国を後ろ盾とするための、茶番まで用意して、計画は周到を極めた。もっとも、その計画を練ったのは、当の帝国皇位継承権第二位の高位にあるユリス・デ・ライデルの頭から出たものがほとんどであるが、このタイミングでミタマの親友であるユリスが島に来ていたのも、天の配剤だろう。
「天か、天ね」
ある意味、厳格で本当の意味での宗教家を自負しているダインは、運に頼らない。天の配剤などと聞くと、反吐が出そうな気分になる。そのダインにあって、巡り合わせの妙を感じたのは、この時をおいて他にはない。
計画は、多少の齟齬はあったようだが、予想以上のスピードで展開し、瞬く間に悪魔の国が出来上がった。それまでの数百年にわたる悪魔の宿願は簡単に果たされた。しかも、領主には彼女が収まり、席次第三位だったドリートと入れ替わって彼女が席次第三位となった。
それまでの盟主であったスノックとダインは乱の首謀者として帝都へと連行された。
しかし、重罪にはならなかった。帝都にとっては版図を広げたのだ。願ったり叶ったりの展開だったのだから、ユリスという姫も食わせ物だ。
帝都に連行された二人にはかなりの自由が与えられた。帝都の外に出なければそれでいいと言う。
帝都には多くの教団の本部や支部が置かれていた。帝国は政事に口出しさえしなければ宗教には寛容だった。皇家自体は、ごく古い形態の先祖崇拝を祭祀としていた。
ダインはいくつかの宗教施設を見て回った。それは帝都における観光スポットになっているとろこも数多くあり、ダインからみれば大いなる堕落にみえたが、それを収入源として収支を成り立たせている宗教からみれば、観光こそ布教であったのだ。
ダインが比較的好印象をもったのは聖龍天教だった。あいにく支部長は不在だった。ダインは知る由もないのだが、支部長はあの会議にも出席していたキナだ。その日は学院だったし、そもそも支部にキナが来た試しはない。対応してくれたのは若い司祭だったが、聖龍天教の根本は自己修練にある。同系統の道を歩いてきたダインは少し甘く点をつけていたのかもしれない。それまで詳しくは知らなかったせいもあるだろうが、ドラゴンの力にすがった宗教とばかり勘違いしていたのだ。
その意味においては、ダインの宗教観は大衆迎合的ではない、悪く言えば、ダインは本来的には宗教家ではなく、単なる雨乞い屋でしかなかったのかもしれない。
もしかすれば、本人にも自覚があった可能性も高い。あったが故により宗教家たろうとしていたのだろう。悪魔としてこの世に転生した時にたまたま持っていた能力にすぎず、修練しようが習得しようが、それはダインにとってはどうでもよく、つまりは持てる技術を売る職人に近かった。ただそれが宗教的に崇められ得るものであったが故に、彼は宗教家であったと自分に言い聞かせていたに過ぎないし、他の宗教への敵愾心も、自らの不完全さを埋め合わせる言い訳にすぎなかったのだろう。
時折、スノックの元を訪れては、あの会議は、実現が困難という意味において、しばしば宗教的ではなかったのか? スノックはそれを知っていて、あえてあの議題を延々と出し続けたのではないか、そう聞いてみた。
スノックはただ首を横に振るだけだった。
「いつか必ず、悪魔の国はできる私はそう信じていたし、必ずその時はくると思っていた」
それこそ宗教ではないか。スノックに問い詰めたが、もはや論争にはならなかったし、スノックにとっては論争などこそまったくの茶番であった。
「実際に、悪魔の国は出来た。あとは独立だが、そこまでは望みすぎだろうし、それはもう私の手からは離れてしまったよダイン」
あの一連で精力を使い果たしたのか、すっかり好々爺となり果ててしまったスノックは、日がな一日、日当たりのいいテラスに座って、読書をしている毎日だ。訪れる客もダインぐらいしかないのだろう。もとより、帝都に知り合いなどいようはずもない。
もう会議を開く必要はないし、開くとしたら主宰者はスノックではない。その自覚が、スノックから圭角をそぎ落とし、本来の穏やかな性格へと変貌させていた。
ダインはスノックのように達観してしまえるほど年を取ってはいない。まだまだ、野心がある。穏やかな表情を浮かべ、ゆっくりと歩くダインであったが、心はその真逆で、ギザギザと尖ったものになっていくのが自分でも分かった。時折、右手がとても痛んだ。
何度か、細小蟹館の前を通りかかりもした。皇女の屋敷にしては、意外と質素といってよかった。いっそ会って帰ろうかと思ったものの、何か気遅れして門を叩く気が失せてしまう自分がいた。しかし、もう時間がないとも分かっていたダインだった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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