第277話
レイ・ダインは今日も都大路を散策している。この帝都に来てからの習慣だ。そしていつも考えながら歩いている。表情は穏やかで、歩みはゆっくりとしている。その反面、頭の中では様々な思いが渦巻き、止めどなく行き来する。
人間とは曖昧な生き物である、それは誰もが知っている。
さらに、人間はその朧げな曖昧と曖昧の重なり生きていて、そこに意味を見出そうとあがき、合理を見たと錯覚する。それが錯覚ではないと認識を新たにするため、強固であると願って枠を作る。端的にいえばそれは信じる力であり、信じようとする想いであり、そのひとつが信仰心である。
「くそ食らえだ」
ダインは信仰心という言葉が嫌いであった。
信仰心は、自分の内側に向けられる類より、より形のハッキリしたものに最初は向けられる。山であったり太陽であったり月であったり、川であったり大地であったり、時に人ではない奇妙な生き物でったりと様々だが、確かなのは信仰心は尊い想いであると誰もが思っているという点がダインには気にくわないのだ。
太古の昔、神話に登場するような神様は、人にそう恵みをもたらしはしなかった。とても人間的で、時に強欲、理不尽ですらあり、人の営みに無関心な神様もいた。神様は人の生活には見向きもせず、むしろ無理難題を吹っ掛ける厄介な存在だった。
ところが、いつしか、信仰心は、多くは恵みをもたらしてくれる起因となる何かに向けられるようになるが、それが原初の宗教へとつながっていくのにそれほど想像の飛躍は必要ではない。ただ、ありがたみを噛み締めながら、畏れながら祈り、祀る、それだけだ。そこには、神話にでてくる愉快な神様たちの姿はない。
「それだけならば問題はないんだ、それだけならば」
だが人は、同じものを祈り畏れる者同士が集まり、共に在ろうとする。そこに欺瞞が生まれる。信じる対象は、時に贄を求めはするが、演出的であり、儀式的なものであり、その贄は結局のところ人の口に入る場合が多い。贄を無駄にするほど、人は豊かではなかったからだし、信仰の対象は食べ物を必要とはしないが、人には食べ物が必要だからだ。
そこに宗教的指導者であるとか、教団が生まれる素地ができる。プロの信仰者といってもいい。
「だから人間は嫌いなんだ。獣やモンスターに信仰はない。力だけが全てであったりもする。我々悪魔も本来はそうではなかったか?」
そこに自己撞着をいつもダインは感じる。かれの職業は宗教家だからだ。宗教家を志して、そうなったわけではなく、彼の特殊能力が求められ、そして崇められたのだ。
ダインの場合は宗教家といっても少し特殊だ。腹が減れば飯を食いもするが、特殊能力で恵みをもたらす。言ってみれば信仰の対象でもあったのだ。
特に修行したとか、修練したとかではなく、契約を満了した時に授かった能力だった。日に右手をかざすと、手が透明になり、中で石がキラキラと輝く。すると、日が陰ってきて雨が降るのだ。
櫓を組み、火を焚き、贄を捧げる。雨乞いには様々な儀式を必要とするし、多くの場合は、巫女が執り行うものだが、ダインには、櫓も火も、そして贄さえも必要なかった。ほんの僅か、食べていけるだけの報酬で雨を降らせて回ったものだ。
雨を降らせる、その特殊で原初的な宗教行為なだけに、教団は必要なかったが、それでも食料は必要だった。それが、高等だと信じる完成されたと信じている宗教ほど、団体の規模は多くなり、食わせていく人間も増えていく。それを食わせるのは信者と呼ばれる人々であったり、それが時には国家であったりもする。
ダインの場合はたった一人の宗教団体であった。あちこち旅をして回る暮らしが長かった。ありがたがってくれるのは一期の人々であった。鼻が利くのか、噂が噂を呼ぶのか、雨乞い稼業は思いのほか忙しかったし、自分でもそれなりに充実した生活だったと思う。自分が悪魔という種族であるのも、旅から旅の暮らしで、上手くごまかせていた。
ダインは世界中を回った。旅の先々にはいくつもの宗教があった。小さな村落から、巨大な都市まで、宗教のないところなどなかった。みんな、熱心に信仰していたように思う。何かをもたらしてくれる訳ではなく、多くの場合、心の支えとなっているようだった。それで心の平安を保てるのであれば、多少の布施などは安い物だと思っている節があった。
一つの国ごと、信仰でまとめられた国もあった。いわゆる宗教国家だ。教団の最高責任者が国を運営していた。というよりも、国を運営していくための方便として、信仰というきらびやかな衣装をまとっているかのようにダインは感じたし、事実そうほのめかす教団の職員たちもいた。
「くそ食らえだ」
いつしかそれが、ダインの口癖になっていた。
旅は危険を伴う。それがダインの身体を頑強なものにし、自己流ではあるが、防護術や魔導術も身に付けた。旅が彼を鍛えたのだ。
悪魔会議に招聘され、席次第五位を与えられたのも、数えきれないほど雨を降らし、人々を救ってきた功績や、その特殊能力、そして強さによるものだった。
だが、ダインは不満だった。
悪魔の国を建国しよう。そのスローガンはいいとしても、どこか宗教じみているように感じたのだ。
「ああ、スローガンか」
人を突き動かす原動力だ。
しかし、そこにも疑問を感じるほどに、ダインは擦れていた。世の中を斜めから眺めていたように思う。
例えば、世界平和がスローガン、それはイコール教義でもある場合がほとんどだが、それを掲げる団体があったとして、実際に紛争地に出かけて調停をしたでるとか、世界が平和になる何らかの装置を発明したであるとか、平和になるために行脚したとか、それらの行為をしたと聞いたためしなどまったくなかったのだ。
「それに世界が平和になったらどうなるのだ。その団体は解散するのか? それとも新たな目的を見つけて、飯を食らい続けるのか? 世界が一つの宗教でまとまってしまったらどうなるのか?」
全く可能性のない問題をダインは呟く。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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