第276話

「本格的な研究施設はこれから準備するので、必要なものは事前に言っておいてもらえると手間が掛からなくていい。島に着いたら、一人の女性を紹介するので、何かと相談に乗ってもらうといい。彼女は島の総責任者だ」


 アキラが震えているようなので、一旦、地上に降りる。ボクは腕を伸ばし、彼女をぐるぐる巻きにする。これで凍える心配はない。再び飛び上がたボクたちは一路、スノックへと向かって行った。


「それじゃあ、ミタマはお尋ね者というわけね」


 ドリートは笑いながらボクたちに紅茶を勧めてくれる。多少、冷えたアキラには何よりのごちそうになる。


「こちらが、この島の総責任者のドリート。すべて彼女に言えば何でも叶えてくれるから頼りにするといい」


 一見、高慢に見えるアキラだが、その心は繊細で、人魚の瞳のように取り扱いには慎重さが必要だ。そのあたりも大人であるドリートなら打って付けのようにボクには思えた。


「話しはすべて了解よ、ミタマ。必要な研究施設はこの官邸の中庭に新築するから、しばらく時間がかかるわね。その間は、アキラ、貴方は客室で研究の構想でも練っているといいわ。もちろんミタマが言った通り出入りは自由よ」


 繁華街と言えるのはこの下の港ぐらいで、あとは葡萄畑ぐらいしかないけれどね、ドリートは付け加える。


「それで、ミタマはもう一回、ドルガントには行かないといけないんでしょ?」


 ドリートが聞いてくる。


「そうだね。キナの安否も確認しないといけないし、取引の交渉役にも来てもらわないといけないからね。その後はドリートに全てお任せになるけれども、問題ないよね」


 ボクが応えると、もちろん大丈夫よ、頼りになる声が返ってくる。

 二、三日ボクはアキラに島を案内した。港町で食事をし、葡萄畑を散策して、果実酒の製造所ではアキラが酔うほどに果実酒を試飲した。ドワーフにしては線が細く、お酒にもそれほど強くはないようで、少し飲んだだけで頬が赤くなり、目がとろんとしてくるほどだったが……。 


「それじゃあ、そろそろボクは行ってくるとするよ。あとはよろしく頼んだよ、お二人さん」


 ボクは特上の果実酒を一ダースほど持って、ドルガントへと取って返した。

 かねて打ち合わせていた通り、王宮へは入らずに、タニヤテクの私邸へとボクは密かに入った。出迎えてくれた侍女は全て話しが分かっているようで、何も言わずに応接室へと案内してくれる。 

 ほどなく、ランニング姿とまではいかないが、ごく軽い服装でタニヤテクが現れた。


「いかがですか陛下。思っていたほどに大騒ぎにはならなかったはずですが……」


 タニヤテクも予想以上のスムーズな運びに満足だったようだ。もっとも彼の満足は別なところにもあったようだ。白馬の騎士よろしく、キナを自身の手で帝都まで送り届けたというから念が入っている。それは彼にとっては至福な時を過ごしたものだ。


「それで奴は納得したのか?」


 ボクは契約の顛末からすべてをタニヤテクに話した。


「今は新しい研究所作りの計画に没頭しているはずですよ」


 ふむ、あいつがそこまで満足するとは、随分と上手く話しが運んだものだ。意外ながらもタニヤテクは満足そうだ。


「では、これからの話しを致しましょう陛下」


 持ってきた特上の果実酒をタニヤテクのグラスに注ぎ、それはらボクのグラスへも同様に注ぐ。


「何やら全てがミス・ミタマの思い通り、という気がしないでもないが……」


 タニヤテクはどこか、してやられたといった表情を浮かべる。


「何をおっしゃいますか陛下。すべてはドルガントの成果となり、これ以上ないという燃える石を輸入できるのですから、むしろ一番得をしたのは陛下でございます」


 アキラがもたらしてくれる成果は帝国との共有ですが。そう言うのをボクは忘れなかった。


「これで万事が上手く運びます。では、乾杯」


 ボクたちはグラスを鳴らし、杯を空ける。


「では早速にもスノックへと使者を出し、交渉に当たらせるとしようか。すべてはそのドリートという女性が承知しているのだな」


 タニヤテクは念を押すので、その通りだとボクは応える。


「しかし、奴を味方に付けるとなると、ミス・ミタマ、悪魔とは恐ろしいものだな」


 多少酔いが回ったのか、おどけた調子で言いはするタニヤテクではあっても、ボクを敵にはしたくないという雰囲気が濃厚に漂ってくる。


「すべては契約上の話しであって、アキラが味方になったわけではありません。契約が満了すれば、彼女は彼女なりの身の振り方を考えるでしょう」


 アキラの研究が終わるのが、一体、いつになるのかは分からないが、様々な成果をもたらしてくれるのは間違いない。


「では、ボクはこのへんで失礼させていただきます。取引の報告を楽しみに待っていますよ。ああ、お見送りは不要です」


 ボクは応接室の窓を開けると、そのまま、飛び降り、空へと舞いあがった。

 帝都に着いたのは、みんながすでに学院へ行ってしまった後だったが、素早く用意すると、何食わぬ顔で授業に出席した。

 昼休み、一番乗りでテラスに到着したボクは、紅茶を飲みながらみんなを待っていた。すると、高等学院三人組に続いて、ユリスもやって来た。


「あら、帰ってきてたのね。とんだ脱獄劇だったらしいじゃないの」


 ユリスは笑いながら聞いてくるが、より派手だったのはキナの方だ。


「キナの脱出の方が、より劇的だったと聞いているよ。白馬の王子様がやってきて、連れ出してくれたらしいじゃないか」


 キナは顔を真っ赤にして俯いている。前に乗せられたキナは、タニヤテクに抱き着いて帝都まで戻ってきたと聞いて、ボクは大笑いしてしまった。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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