第275話
石を手にしているボクにアキラは言う
「ふん、手枷をはめられ、自由を奪われている私に何ができるというのだ。ただ頭だけを働かせるのが精一杯のこの牢獄で何ができるというのだ!」
見た目はどことなしか茫洋としたものを感じさせるが、内側にはやるせない激情を秘めているようだ。それならば話は早い。
ボクは羽を広げ、尻尾をたなびかせる。
「ボクと契約をしようじゃないか」
ボクの姿を見て少しは驚いたようだ。
「お前は一体何者……?」
アキラは迂闊にも、ボクが何者なのをかを尋ねてはこなかった。
「見ての通り悪魔だ。お前の望みを叶える力を持った悪魔さ」
望み……。彼女は口の中で呟く。
「もちろん、この牢獄から出すなど簡単だ。逃げも隠れもせずに研究に打ち込める環境だって提供できる」
ただし、さっきも言ったように、これは契約だ。こちらにも相応の望みがある。ボクは続ける。
「その望みをアキラ、お前が飲むのならば契約は成立する」
ようやくここにきて、彼女は損得を考え始めたようだ。こちらの条件はまだ提示していないが、彼女にとってこの牢獄から抜け出せるだけでもメリットは大きいはずだ。
「タニヤテクに変事でもあったか、いやまわりくどいな。やつが死んだのか?」
彼女は特赦があるのかと聞いている。
「たとえ国王が死んだとしても、お前に課せられた罪は特赦などでは消えはしないよ。そんなの簡単な引き算だ」
それにタニヤテクは健在でピンピンしている。ボクは言う。
「こちらの望みは簡単だ。まず第一に、この石を使って何ができるのか考え、形にして欲しい。そして第二は、それ以外にもやりたい研究はしてくれて構わない。そして第三は、新たな発見は速やかに文書で報告する。最後は、掛けていいのは自分の命だけ、その四つだ」
もちろん、お前の死後の魂などには全く興味がないので、そんなものは必要ない、とも付け加えておいた。
「随分と欲張りな悪魔だな」
彼女の質問は脈ありを示している。
「こちらとしては当然の要求だ。お前は自由に研究ができ、しかも生活の保障までついてくる。もちろん追手など掛からない」
アキラは揺れているのではない。確かめたいだけなのだ。この牢獄から抜け出す代償としては安いものだと考えはじめているに違いない。
「もし、契約に背いた場合はどうなる?」
彼女は契約を交わす前提で話しをしてくる。
「簡単だ。殺す。ボクの手で殺してくれよう。どうやって殺すかはボクの随意だ。それも契約の内に盛り込まれる」
彼女は手枷ごと、頭の後ろに手を回す。そして牢屋の天井の角をじっと眺める。今までに何百回となくそうして時間をつぶしてきたに違いない格好だろう。時間がじわじわと流れる。この時間の重さもまた彼女は感じてきたに違いない。
「分かった。お前の言う通りだ。これは互いに得をする契約のようだ。契約を交わすとしよう」
ボクは頷くと、懐から一枚の羊皮紙と白い小皿、そしてペンを取り出した。まずは羊皮紙を彼女に手渡す。内容は先程、話した通りの内容が書かれてある。彼女はそれにざっと目を通すと、ボクを見て頷く。彼女が納得したのを確認すると、ボクは彼女の手を取り指先をさっとなぞる。すると、指先から鮮血が流れ落ちる。それを小皿にとると、さらに指先をなぞる。すると傷は消え、血も止まる。ちょっとした魔導術の応用だ。小皿に滴り落ちた血にペンを浸して彼女に手渡す。彼女は羊皮紙に署名する。
ボクはその署名を確認する。
「これで契約は完了した。望むらくは、この契約の満了を」
ボクは羊皮紙を広げるとフッと息を掛ける。すると羊皮紙は燃え上がり、中空へかき消える。
「さて、契約も終わったし、こんな無粋なところから抜け出すとしようか」
扉は開いたままだし、獄卒も歩哨の姿もない。ボクは彼女に着けられた手枷にそっと指を触れると、手枷の鍵が外れる。彼女は自由になった両手の手首を交互に撫でると、深呼吸をしながら体を伸ばす。
「で、どうやってここから出るつもりなんだ?」
彼女の力量、そして落ちた体力ではここの脱出は難しいだろうが、ボクと一緒なら話は簡単だ。ボクたちは牢から出ると、ボクは彼女に抱き着く。一瞬、びくりとした彼女だが、意図が理解できたようだ。ボクは彼女を抱いたまま飛び上がると、出口に向かって行く。
タニヤテクに言い含められているのだろう、獄卒が向ける槍も、ボクたちに向かってくる矢も、どこかおっとりとしている。彼女にばれてしまわない程度には真剣に追って欲しいものだが、致し方ないところだろう。
外に飛び出すと、牢獄の喧噪を無視するかのようにボクは大空高く飛び上がり、南へと向かって飛び去って行く。
恐らく、この知らせが王宮に届くころ、タニヤテクの手引きでキナが脱出しているはずなので、そちらの心配もない。
「これから向かうのは、スノックと呼ばれる島だ。お前が知っているかどうかはボクは承知していないが、悪魔の島と呼ばれている。この島で研究をしてもらいたい。お前の行動範囲はこの島が中心になる」
そうは言っても、島はかなり広く、ドルガントよりも広いくらいだろうから、まあ自由の身と言っていい。スノックへと向かいながらボクはアキラに説明する。
「それともう一つ。島では、ドルガントの名を改めてもらいたい。そうだな、スノック。アキラ・スノックとでも名乗ってもらうとしようか、いいかな?」
ボクはアキラの了解など関係なしに、彼女の名乗りの決めてしまった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます