第273話

 晩餐会からは二日ほどが過ぎていた。

 昨日は、ドルガントの上流階級の女性たちに誘われた。いわゆるお茶会だ。そこで有意義で楽しい時間を過ごした。そこでも、ボクの島の果実酒の味の良さと、大粒で真球に近い真珠が話題に出た。

 朝食を終え、キナと二人で紅茶を飲みながらのんびりとしている時だった。ドアをノックする音が部屋に響く。侍女が素早くドアを開けると、タニヤテクの近臣が侍女に話し掛けて、その場を後にする。


「何か用事かい?」


 本日、昼過ぎに馬車で迎えに来るというタニヤテクの伝言だった。平服で構わないと言う。

 馬車は時間通りに迎えに来た。ボクたちはいそいそと乗り込む。ゆっくりと馬車が動き出す。道行はどこか見覚えのあるものだった。ほどなくして着いた先は、足繁く通った場所だった。

 王立鍛冶場の入口にはタニヤテクがランニング姿で待っていた。


「この手の話しをするのにはこういう場所が持ってこいだと思うんだがどうだろうか?」


 見覚えのある景色、鍛冶職人たちが必死で働いていた。案内されたのは鍛冶場の事務所といった殺風景な場所だった。


「ミス・ミタマが持ってきた燃える石を午前中にいろいろと試していたんだが、あれはかなりの上物だ。単純に鍛冶場で使う分を取引するだけでもかなりの価値がある」


 タニヤテクの組んだ腕は筋肉が盛り上がり、鍛冶場の親父そのものだ。


「でもそれだけでは意味がないとボクは思っているのですよ。鍛冶場の親父殿」


 苦笑いしながら、タニヤテクは腕を組んだまま応える。


「確かにそうだと思う。例えば風車は小麦などを挽く。風を動力に使うわけだが……」


 その風の代わりに昨日の実験のように、この燃える石を動力、あるいは燃料に使う仕組みを考えなければならないとタニヤテクは言う。


「まさにその通りです」


 答えは明快だ。


「しかし、答えは簡単でも、実現は難解だと思うが……。技術云々よりもまずは発想、閃きがいるわけだが」


 それは天才のみが成しえる業だ。タニヤテクの言う通りだ。


「その天才がこの国にはいると確信してボクたちはやって来たのですが」


 世界中で、これだけの技術を持った国は他にはない。それは発想力においても非凡である証だとボクは思っている。


「天才か……」


 タニヤテクはじっと考え込む。


「確かに天才はいる。しかし……」


 言葉が途切れる。どうやらタニヤテクには心当たりがあるようだ。


「しかし、奴はだめだ。危険すぎる……」


 タニヤテクは目を閉じ、身じろぎもしない。


「その天才に会わせてはもらえないでしょうか?」


 ボクは思い切って尋ねる。


「それは無理な相談だ。ミス・ミタマ」


 タニヤテクは首を振る。


「奴は、今は牢獄の中。終身刑だ」


 てっきり男性かと思っていたが、彼女の名前はアキラ・ドルガントという。王族の女性だった。

 彼女には二つ年上の兄がいた。嫡流に近く、本来であれば、彼が国王になるはずだった。彼もまた非凡な能力をもった天才だった。しかし、彼に不幸が起こった。実験中、薬物が爆発し、彼は死亡してしまったのだ。遺骸も残らないほどの大きな爆発だった。もちろん、即死だった。とても兄妹仲のよかったアキラは悲嘆にくれる毎日を送っていたが、あの日を境に彼女は人が変わったようになってしまった。

 兄が残したわずかな資料を基に、研究に没頭し始めたのだ。

 彼女は兄以上の才能を天から与えられていた。彼女は、兄を超える成果を上げた。


「兄が失敗した原因を突き止め、それを解決し、独力で新薬を作り上げたのだ」


 それはまさしく、偉業と呼べるものだった。


「その彼女が、なぜ牢獄に……」


 確かに、新薬の開発には成功したが、その影で彼女は大きな犯罪もまた犯していたのだ。


「三十二人もの人を殺していたのだ」


 それは人体実験によるものだった。父親、母親は元より、小さな兄弟、侍女から手引きをした下僕までをもその手に掛けたのだ。


「殺人は元より、人体実験もこの国では禁止されている。しかし、奴は、法廷でも平然と笑っていたよ。まるで、世の中のすべてを馬鹿にするようにな」


 その禁を破りはしたものの、功績もまた大きかったため、本来であれば処刑されるところを、終身刑として一生、牢獄の中で過ごさなければならなくなったのだ。


「やつは非凡な才能をもったまさに天才だ。他の誰にもできない発想を持っている。しかし、手立てを選ばない。危険な存在でもあるのだ。だから会わす訳にはいかないのだ」


 ボクは彼女に強い興味を持った。どうやら、その天才の力が必要なようだ。


「了解しました。彼女以上の天才はいない。しかし、面会すらできないのであれば、どうしようもありません。我々は引き上げましょう」


 ボクは席を立つ。


「ちっとまってくれ。せめてあの燃える石だけは、取引させてもらえないだろうか?」


 ボクは首を振る。


「確かに大量に採れるとはいえ、無限ではありません。天才に委ね、新しい使い道のために必要なものなのですから、単に剣を鍛えるためにお渡ししようとは思いません」


 今度は、タニヤテクが首を振る番だった。


「分かった。それではどうすればいいと思っているのか、ミス・ミタマ?」


 タニヤテクはボクに問い掛けるのだった。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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