第271話

 いつもであれば、数日もあれば届いていたサキノアの返事が今回はやけに遅かった。陛下への奏上にもためらいがあったのかもしれない。筆跡はしっかりとしていたものの、心の内にはかなり逡巡した跡があるような気がボクにはした。この帝国を預かる身としては当然の迷いもあるだろう。


「ドルガント王国との交渉を許可する」


 通知にはただそれだけが記載されていた。その一言に万感の思いが込められているようにボクには思えた。


「キナ許可が下りたよ。行こう、ドルガントへ」


 ことさらに明るくボクはキナに伝える。いつ裁可が下ってもいいように、準備は万端に整えられている。タニヤテクに会うのも久しぶりのような気がする。今回は正式な使節としての来訪になる。自分の領地であるスノック島に行くのとは訳が違う。

 四頭立ての馬車二台に侍女も伴っての出立となった。

 本当のところジュンシを伴っていければよかったのだが、ボクとキナ二人だけでもあるので、彼女が推薦する侍女が選ばれていた。その中には、先日、島に奴隷として売られて行く運命にあった、数名の女性の中の一人が含まれていた。奴隷としての生活と比べれば、この屋敷で侍女としての暮らしが数万倍も幸せだとは思っているのだろう。顔つきからも充実した生活ぶりが窺われた。

 正式な使者であるため、駅舎では必ず馬車を止め、先の駅舎へと伝令が走る。馬車はゆっくりと海側回廊を進んで行く。


「この間と比べても随分とゆっくりだね。これが普通なんだろうけれども」


 ボクがキナに笑いかけると、キナも笑顔になる。馬車はやがて海側回廊の中心都市であるティノアアルテ貿易連合国家へと入る。そこから、ドルガントに伝令が発せられ、正式に使者の受け入れの要請を行うのだ。

 重要な使命を帯びた使者としてではあるが、こんなにゆったりした旅は本当に久しぶりだ。応諾を告げる使者が、街に戻ってくるまでの三日ほどの間、ボクたちはすることなしに、街をぶらぶらとしたり、本当の観光気分に浸ってしまっていた。


「さて、いよいよ本番だ。気を引き締めていくとするか」


 ボクたちはティノアアルテから北上し、ドルガントを目指す。ここからはやや道が荒く登りになる。馬車はことさらにゆっくりと進む。途次ごとに伝令を発し、現在地を告げつつの進行になる。

 城門にはタニヤテクの姿こそなかったものの、大臣格が顔を揃ていた。ライデル朝帝国とドルガント王国は、友好国とはいえ、かなりの厚遇と言える。ボクたちが馬車を降りると、歓声ともため息ともつかない声が流れた。ボクは正使として、国書を大臣に手渡すと、そのまま、ドルガントが用意した馬車へと乗り移る。馬車は街をゆっくりと進む。向かうのは迎賓館だ。


「謁見は明日の予定になっております。それまではここを我が家同然、ごゆっくりとお寛ぎください」


 ボクはさっそく侍女にお願いして、明日の献上品のチェックとともに、果実酒を数本とグラスを二つ持ってきてもらった。


「キナも飲むよね?」


 聞くと頷くので、キナのグラスから果実酒を注いでいく。小さな頃から飲み慣れているせいもあるのだろうが、キナもお酒にはかなり強い方だ。


「上手くいくためのおまじないみたいなものだね。前祝をしておこうか、乾杯」


 ボクたちはグラスを一気に空けた。


「ライデル朝帝国正使、ミスミ・ミタマ様、副使キナ・ルーリー様、ご入来」


 重厚な扉が開かれ、ボクたちは謁見の間へと呼び入れられる。

 正面の玉座には鎧をまとったタニヤテク・ドルガントが座り、その両脇には侍臣たちが居並んでいる。ボクとキナはその間をゆっくりと進むと、タニヤテクの前で跪く。


「この度は、使者としての受け入れ、誠にありがとうございます。献上品も用意してございますのでお改めを」


 帝国皇帝の勅書はすでに渡してあるが、ここで改めて献上品の目録をタニヤテクの侍臣に手渡す。


「ミス・ミタマもキナ姫も壮健そうでなによりである」


 タニヤテクは、侍臣から受け取った目録にざっと目を通す。皇帝からの勅書には国の命運を左右する話を直接使者から、おおよそ、そのような類の文言しか書かれていないはずだ。


「で、ミス・ミタマ、今回はどんな話しを持ってきたのかな?」


 ボクは予め、タニヤテクの臣下に渡しておいた燃える石を持ってくるように目配せで合図する。すると台に載せられ、白い布を掛けられた燃える石が謁見の間へと運び込まれてくる。


「まずはこれをご覧ください」


 ボクはタニヤテクの前で、台の白い布を取り払う。青みを帯びた黒い石が数個、姿を現す。


「おお、これは……」


 自ら鍛冶場に立ち剣を鍛えるタニヤテクの目は伊達ではない。その石が何であるのか一目で見抜き、さらにその質までをも完全に把握したようだ。


「私の島から発見されました。これをどうご覧になられますか、陛下?」


 ボクは非礼を承知でタニヤテクに問い掛ける。

 すると、タニヤテクは玉座を立って、石を手に取ると、じっと眺めている。


「逸品であるな。詳しく話しが聞きたい、島と言ったな、そのあたりも含めてな。すぐに別室を用意させよう」


 謁見の間でタニヤテクが席を立つのも異例ならば、すぐに別室で会談を行うのも異例だ。それだけに、タニヤテクにとって、この石がもたらした衝撃は大きかった。


「それにしても、二人ともため息が漏れるほどに、美しいな。正装しているからそうお世辞を言っているのではないぞ。内側からにじみ出てくる輝きで分かる」


 タニヤテクはそう言ってボクたちを別室へと誘った。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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