第270話
父親からの伝言だけでルアはさっさとお風呂へと向かった。箱の中を見ると粒ぞろいの真珠がぎっしりと詰まっていた。
「向こうは何を要求してくるんだい」
ボクはドリートに尋ねる。
「そうね、果実酒などから日用品まで幅広いわね。貨幣を鋳造するのに金や銀を求めてくるケースもあるけれども、それは稀だわ。大丈夫、交易はトラブルもなく上手くやれてるから心配しないで」
ルアがお風呂から戻ってくると、ボクらは軽目の食事を摂って、港へと向かった。
「こちらの動きも逐一報告するから楽しみにしていてほしい。吉報を待っていてくれていいよ」
ボクたち三人は領主専用船に乗り込むと、帝都への帰途に就いた。
「ふーん、それで、今度も私たちは留守番なんだ」
ユリスもランも明らかに不満そうだし、キナがまた出掛けると聞いたタツキも頬を膨らませている。
「そうだよ。キナがいないと話しが始まらないからね。もっともまずは宮廷に許可をもらわないといけないから、サキノアさんの所に顔を出す必要があるかな? だからいくとしたら来週ぐらいになるんじゃないかな?」
今度もそんなに時間はかからないから、そんなに怒らない怒らない。ボクはみんなをなだめに回る。
「それでキナ、空の旅はどうだった?」
ユリスに尋ねられたキナは、なぜだか頬を赤くして、小さな声で呟く。
「とても素敵でした……」
これがキナの喜びの表現なのだろう。それも最上級の。
「よかったわねキナ。空を飛べる悪魔と一緒に住んでるんだから、どんどん活用するといいわよ」
ボクへの当てつけか、ユリスはどこか棘のある言い方だ。
「今回は感触を探るための下交渉なんだよ。本格化したらユリスたちにも出番があるかもしれないから、楽しみにしていてよ」
ちょっとしたはぐらかしだが、それでも真に受けてくれた。実際、動き始めるとなると、国と国との交渉になる可能性も高い。一伯爵家の領分を超えるからだ。
「実を言うと今回の話はそこまで広がる可能性があるんだ。そうなったら、ボクの手には負えなくなってしまうから、お姫様に出張っていただかないといけなくなるかな」
ボクはジュンシに、キナと二人分の正装と礼装の準備をお願いした。それとは別に、ボクには準備するものがあったが、それはサキノアとの面会までになんとかなるだろう。街の鍛冶屋にでも行って適当に見繕えば大丈夫なはずだ。
サキノアは真剣な面持ちでボクの実験を見ていた。実験と言っても大した道具立てではない。アルコールランプを使って、湯を沸かしているだけだ。やがてポットの注ぎ口から湯気が出始め、カタカタと蓋が鳴る。ボクは注ぎ口に用意しておいた小さな風車を当てる。当然だが、風車は湯気を受けて勢いよく回り出す。極当たり前な現象だが、サキノアの瞳はさらに真剣味を増している。
「もうお気付きかと思いますが、この先が風車ではなく、さらに別のそうですね、歯車なりなんなりにつながっているとして、湯気の力も逃げないような密閉空間だったとしたら……」
サキノアは納得したように頷く。
「それを可能にする方法があるのですね」
ボクは首を振る。
「それを可能にする技術は帝国には残念ながらありませんが、どこかの国の天才は気が付いて試行錯誤しているかもしれませんね。しかし、そのために絶対に必要な燃料となるものが少ないはずなんです。それがボクの島には大量にあります」
ボクは島から持ち帰った燃える石をテーブルの上にいくつか取り出す。
「木材や炭では得られないほどの高温で長時間燃える石です。現在は鍛造や鋳造に、ごく少量が使われているにすぎません」
それも直接的に使われているだけで、先程の実験のように技術的にシステマティックではない。
「なるほど。それを可能にする場所があるかもしれないという訳ですね。だからそこに行きたいとミス・ミタマはおっしゃる」
ここまで理解してくれると話しは早い。
「そうです。我が国と仲良くしている国にうってつけのところがあります。とりあえず打診してみたいのですが、いかがでしょう、私とキナを派遣してもらえないでしょうか?」
ボクは言い出しっぺだから分かるとしても、なぜキナさんを? サキノアの顔にそう書いてあるので、キナとその国、なかんずく国王との経緯を掻い摘んで話す。
「なるほど、そうなんですね。それならば打ってつけの使者となる訳ですね。分かりました手を打ちましょう。追って連絡をしますが、悪いようにはしません」
ただ、ボクはサキノアに一言告げる。
「これは世界を変えるものなんです。その覚悟が帝国には必要なのです。もちろん、ボクはそれも承知でこの話を持ってきました」
今のままでは十年後も二十年後もそう変わりはしないだろうが、この技術が確立すれば、先の未来はどう変わっているのか想像もできないほどだ。
「世界が激変すると……」
そうです、持っている国と、そうでない国の格差は今以上に広がるでしょう。帝国は先を見据えて動く必要が出てくるでしょうね。もちろん……、ボクは続ける。
「軍事にも利用されるでしょう、直接、間接を問わずです。いやむしろ最初に利用されるのは軍事かもしれません。それは何年後になるかわかりませんけれども」
火は人間の生活を豊かにしてきたが、時には街を焼く。それと同じだと思ってください。使いようではあるのですから。そこまで話をしてボクは席を立った。
「これは歴史の分岐点かもしれません。少なくともボクはそれを意識しています」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます