第267話

 ボクが指さした島の最西部を見てキナが呟く


「全くここの反対なんですね」


 そう、だからだからかえって都合がいい。ボクは応える。


「道なんかないけど、ミタマなら平気よね。一応、目印に旗を立てているわ。もし何らかの形で使いようがあるなら、その時にどうするか考えましょう」


 ほんのちょっとしか採れそうにないのであれば、問題にもならないが、大量に採れるとなると、それこそ歴史が変わってしまう。この世界にどれほどの化石燃料が眠っているのかは定かではないが、ひとつのターニングポイントになるのは間違いがないのだ。

 その日は領主の帰還とあって、盛大な宴となった。キナも果実酒が気に入っているようで、何杯も杯を空けていた。各村落からも代表者たちが訪れ、葡萄の取れ高や、作柄、果実酒の出来栄えなどを、入れ替わり立ち代わりで自慢しする始末だ。

 ボクは隣に立つドリートにそっと耳打ちする。


「例の真珠の方はどうなっている?」


 すると、ウインクしながら、ボクに乾杯を求めてきた。それに応じて果実酒を一気に飲み干すと、同じように、ドリートがボクの耳元で囁いてくる。


「上々よ。帝都からの注文も入り始めているし、そのうち世界中に顧客ができるわ、私に任せておいてもらえればね」


 もちろん、すべて任せるつもりだ。ボクは干されたドリートの杯に果実酒を注ぐ。元々、この島には赤の果実酒しかなかったが、最近になって、白の果実酒も作り出されるようになったそうだ。


「外からの品種を持ち込んで、この土地に合うように改良してる最中なのよ。製品化にはまだ時間がかかるけれども、間違いなく成功させてみせるわ」


 今日は特別に見本としてボクの所にも運ばれてきたが、赤と比べると酸味がやや強く、甘みは抑えられていて、どちらかといえば大人の味、そんなイメージがした。


「こっちの白い方も、この島の名産にして見せるから楽しみに待っていて」


 ドリートがそう言うのだから、相当に期待してみてもいい。キナに感想を聞いてみた。


「私はこっちの方が好きかもしれません。さっぱりしていますね」


 キナの評価も上々だ。

 翌朝、朝食を済ませてボクたちは中庭へと向かった。そこに、簡単な道具が用意されていた。と言っても、野営用の食料と着替え、それに折り畳みできるスコップ、その程度だ。キナといる以上、夜露に濡れる心配はまずない訳だから、これだけで充分なのだ。その道具が入ったリュックサックを、キナの身体の前にぶら下げさせると、少しキナがもじもじとしはじめた。


「嬉しくて昨日、あまり眠れませんでした」


 そう言えばキナと飛ぶのは初めてだった。


「それほど期待されるとかえって困っちゃうな。空を飛ぶだけなんだからね」


 それでもキナは若干緊張気味だ。


「じゃあ行くよ」


 ボクはいつものように、腕を伸ばす。その伸ばした腕をキナに巻き付けてしっかりと固定を確認すると、一気に大空へと飛び立った。進行方向の西側はまだ紫色の空だが、じきに薄い青色から、濃い朝の空へと変わっていくに違いない。今日も快晴だ。


「うわぁ」


 キナはなんだか妙な声を出している。


「大丈夫? 怖くないかい、キナ」


 ボクはキナに声を掛ける。まだスピードはそれほど上げてはいない。


「すごいですスミタマさん。飛んでますよ」


 キナは興奮気味だが、満足そうだ。これならば問題ない。


「それじゃあ、スピードを上げて一気に目的地までいくからね」


 ボクの飛ぶスピードもコツをつかんだのかかなりのスピードが出せるようになっている。道のないところを歩いて十日ほどと言っていたが、一直線ならば半日もかからない。以前、ルアを見つけた時には、島を一巡りした。その時、確かに最西端までいったのは覚えているが、地形まではしっかりと記憶していない。もちろんそこに燃える石が眠っているなどとは想像すらしていなかった。

 島の風景は意外と単調だ。開けた南側と岩ばかりの北側。それを隔てる中央の山地。村落は南側だけにしかなく、葡萄畑が続き、やがて南側も手付かずの森へと姿を変えていく。

 南側も山地の真ん中ほどまでしか葡萄畑は広がっていない。東側を起点に人口密集地は広がっているが、島の面積に比して人口が少なすぎるのだ。

 いかに人口を増やしていくのか? その増えた人口をどうやって食わせていくのか? 課題は山ほどある。今はまだ島の発展段階だ。土地も余っているのだし、いろいろと実験的な試みも行われている。昨晩ドリートが話していた、白い果実酒がになる葡萄などもその一つと言っていい。


「もうすぐ着くからね。キナ疲れていないかい?」


 キナは手を動かして大丈夫だと伝えてくる。思いのほか空の旅を満喫しているようで、単調な景色でも見ていて飽きないようだ。

 急に視界が開けた。

 山地を抜けて、その裾野が目に飛び込んでくる。目指す地点はまだかなり先だが、ずっと森が続いている。山地から流れ出た川が、裾野を潤し、南へと蛇行しているのが上空からでも分かる、


「少し内陸に入ると、こんな森が広がっていたなんて気が付かなかったよ」


 ボクが高度を一気に落とすと、キナは前方を指さす。目印の旗が立っている。思っていたよりもかなり大きい。

 ボクは直立の姿勢で空中に停止し、ゆっくりと降りてゆく。キナの両足が地面に着くのを確認して、巻き付けていた腕をほどいていく。


「どうだった、空の旅は?」


 着地したボクはキナに尋ねると、キナは興奮しているのか、言葉が上手く出てこないようだ。


「とても素敵でした」


 キナはようやくそれだけをボクに伝える。余程、空中散歩がお気に召したようでなによりだ。

 この地に足を踏み入れたのは、燃える石を見つけ、その後、目印の旗を立てに来たハンターと、ボクたち以外にはいない。もちろん、集落など何もなく動物の気配しかしない最果ての地だ。

 しばらく休憩すると、キナが服を脱ぎ始めた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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