第42話
真っ白な袖広のブラウスに、青い紐ネクタイ、ちょうど膝丈のプリーツスカートは濃紺で、それに黒のソックス。これがジュンシの見立ててくれた今夜のボクの衣装だ。髪は三編み一つにまとめられ、ネクタイと同じ色のリボンが結ばれて、肩から前に回されている。その姿でボクは玄関ホールに居た。
「あらスミタマ、楚々としてすごく似合ってるわ、やっぱり。ジュンシ、なかなかの見立てだと思うわ」
ありがとうございます、ジュンシはお辞儀をする。
「スタイルもよろしくて、お肌も真っ白でいらっしゃいます、お嬢様は。これだけのお美しい方は、姫様以外にはそういないと思っておりましたが、世の中は広いものです」
自分の見立てにも満更ではない様子だ。
ジュンシがそう言っている間でも、ユリスはボクの頭のてっぺんからつま先まで、それこそ舐め回すように眺めては、ふむふむと頷いている。
「お父様も、お母様も、きっとお喜びになるわ。今から楽しみね」
言っている間に、オルガスとテンデル夫妻が到着したと告げられた。
ボクたちはその到着を出迎えようと、玄関ホールで待っていたという訳だ。
晩餐ではオルガスはもちろんの、テンデルもご機嫌だった。
「いやぁ、ミス・ミタマが我が家に入ってくれて本当に嬉しいよ。まるで娘がひとり増えたようだよ、しかもとびきり自慢の娘がね」
オルガスはいかにも嬉しそうだ。
そうか、その服は、ジュンシが見繕ってくれたのだね、あの娘は古くから付き合いのある繊維商の娘で、父親はギルドの委員を勤めているほどの名家でもあるんだよ、しかし、本当に良く似合っているよ、と至って饒舌だ。
「私や妻もそうだが、それ以上に喜んでいるのはこの娘なんだよ、ミス・ミタマ。私たちと一緒にいるときでも、スミタマはああだ、こうだ、と君の話題が多くてね。一緒に暮らせてなによりだ」
ちょっとお父様、そうユリスが口を挟む。
そういう話はマナー違反ですよ、と顔を真っ赤にしながらユリスが言うのにも構わず、オルガスは秘密の話を口にしてしまったのだった。
「お喜びいただけてボクも大変嬉しく思います。それにいろいろとお心遣いいただき恐縮です。近いうちに冒険者ギルドへも顔を出す予定にしておりますので、お知りおきを。はい、大丈夫です、ユリスとの約束は必ず守りますので」
ボクはオルガスに誓う。
食事のマナー以前に、せっかくの真っ白なブラウスに染みを作ってはと、そればかりに気を取られ、料理の味も良く分からないまま、晩餐の時間は過ぎて行った。ただ、ハッキリしたのは、ボクはこの家に歓迎されたのだな、という実感だけは噛み締められた夜だった。
大きなベッドはボクが五人も六人も横にならんだとしてもまだ充分な広さがあり、何だか落ち着かないぐらいだったが、扉のノックで、今夜は二人で眠るようだと確信した。南側の扉を開けると予想に反するわけもなく、やはりユリスが立って、上目使いでボクをじっと見つめる。
何も言わずに、仕草で、どうぞと迎え入れると、歩きたての子羊のように飛び跳ねながらベッドに飛び込んだユリスなのだった。
翌朝、目覚めると、ユリスの姿はすでになく、代わりにジュンシが、昨日脱ぎ散らかした服を片付けてくれていた。姫様は既にお目覚めで食堂でお待ちでございます、と教えてくれたが、余りに何でもやってもらいすぎると怠惰な人間になってしまうから、自分で出来るなら自分でするからと、ジュンシに告げた。
すると、とんでもない、とでもいうように、制服の準備をしてくれて、着替えも手伝ってくれた。着てみると、どうやら制服も新品らしい。袖口と後襟にはボクのあの幾何学模様の紋章が刺繍してあった。
その日は、ユリスのたっての願いで、歩いて学院まで通学した。官庁街は下町とは違ってガランとしていて人影も少なかったが、馬車の窓から見える景色とはやはり違って見えるし、何より自分の足で歩いて通学するのが夢だったの、とユリスは気分良く朝の空気を満喫していた。
放課後、迎えの馬車に揺られて、街区西門近くへと向かった。冒険者ギルドに向かうためだが、そのような場所に本部がある時点で扱いはしれている。
進めるところまでは馬車で向かったが、先は細い路地になっており、馬車から降りたボクたちは、二辻三辻と入り組んだ道を曲がり、ようやく冒険者ギルド本部へとたどり着いた。
扉を押し開くと、まずボクたちを包んだのは、異臭だった。人の汗と半乾きの雑巾が混じり合ったような異様な臭いだった。入って左手にはバーカウンターにいくつかのテーブル。右手には受付、ホールの中央には依頼を貼り出すのだろう、大きな掲示板があったが、今は何も掲示されていない。
ホールに入ったボクたちを目ざとく見つけると、昼間から出来上がった中年の酔っぱらいが、こんなところにお嬢さんたちのような別嬪が珍しい、ちょっと相手をしてもらいたいもんだ、とユリスのお尻を触ろうとした。その手前でボクはその男の手首を掴み、軽くひねると、逆の手で持ったビアジョッキもろとも中のビールを頭からかぶり、男は一回転しながら無様に倒れ込んだ。
「あまり甘く見られては困る。良く覚えておいてほしい。まずはその臭い息をなんとかするんだ。なんなら一生息が出来なくしてあげてもいいよ」
怒って起き上がろうとするその男の胸を踏みつけ、三日月ナイフを頸動脈近くに突き立てながらボクは言った。
男は恐怖の余り、頷きながら失禁していた。ホールからはちょっとしたざわめきが起こっていた。出足としては最悪だ。
ボクたちは右手受付に来意を告げ、ギルド総長への案内を請うた。
いかにもアバズレな受付嬢は、後に控えている若い男を顎で指図したが、そのアバズレがここでは一番上品に見えるほど、周りの人間はひどいものだった。ほどなくして、指図を受けた男が階段から降りてきて、こっちだ、とボクたちを誘った。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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