第43話
ギルド総長の部屋は二階の一番奥だった。先導してきた男がノックをして、返事も待たずに扉を開けると、中に入るよう促された。部屋の奥にはいかにも重厚な机、その手前のややくたびれた応接セットに腰掛けて総長は待っていた。
髪の毛は半分ほどが白髪に覆われ、それほど丁寧に手入れはしていないのだろうか、それとも脂っ気がもう抜けてしまったのか、ひどくボサボサだった。中肉中背で垂れ目に赤い鼻、やや、片頬を釣り上げて卑屈っぽく笑う、それぐらいしか印象に残らない男だった。
「これはこれは、陛下からのお達しも頂戴しておりましたので、こちらからお伺いしなければならないところ、わざわざ足をお運びいただきまして大変恐縮でございます」
そう言うものの、こちらへの敬意は微塵も感じない。
むしろこの跳ね上がりの小娘め、遊び気分でSランクなんて取られても、とでも言いたげな表情をしている。
その感情は致し方ない。幼い頃からからギルドに入り、顎でこき使われつつ、コツコツと依頼をこなして、身体が動けなくなるまで働いても、Bランク止まりという冒険者がほとんどなのだ。Aランクはほんの一握り、Sランクともなると雲の上の存在だ。
しかし、こちらとしては印章さえ受け取れればそれで構わない。来意もそれだけだし、相手の抱く感情などどうでもいい。
こちらでございます、と差し出されたのは小さな化粧箱だった。中を改めるとプラチナ製の指輪が入っていた。ギルドの紋章に金の象嵌でSランクの印が刻まれている。
「手間を掛けた。こちらは学業もあり、そうしばしばと依頼をこなせる訳でない。それは承知しておいてもらいたい。しかし、受けた依頼は必ず果たすし、必ずしもSランクの依頼のみを受ける訳でもない」
ボクが言う。
万事、承知致しております。なにせ、Sランクは最高位、今までこのギルドにはBランクまでしかおりませんでしたので。そうそうSランクの依頼もございません。ございませんが、ご活躍は期待しております、と表面的には至って慇懃だ。
その言葉を聞くと、では、失礼するとボクたちは立ち上がり部屋を出ようと、扉に手を掛けた。その時、総長は言った。
「そうそう、ちょっとした粗相もございまして、既にご存知かと存じますが、ここは酒場を併設し、宿泊施設もございます。簡単な食事も提供させていただいております。ご利用される機会はあまりないかと存じますが、お知りおきください」
総長はどうでもいい情報をくれた。
階下へ降りると、先程ちょっかいを掛けてきた男が、膝を付いて床を拭いていた。替えなどないのだろう。ズボンに大きな染みが残ったままだ。ボクたちがすり抜ける時に、チラリとこちらを見たが、ボクたちは全く無視して、ギルドを後にした。
帰りの馬車の中で、ユリスが改めて化粧箱を開け、指輪をはめていた。
「あらやだ、どの指にも合いもしない。せいぜい親指ぐらいだけれども、それじゃあ不便で仕様がないわね。返ったらサイズ直しに出しましょう。それか鎖にでもつないでネックレスにする? スミタマのだってガバガバでしょ?」
確かにユリスの言うように、ボクたちの指には大きすぎた。
「どうしようかしら? やっぱり指輪は指輪として使ったほうがいいわね。ネックレスにすると谷間の浅いスミタマは痛いでしょうから。どの指にしようかしら? 印章なんだから、人差し指でいいとしましょうか? ねえスミタマ、このSランクの印章さえあれば、どの国の冒険者ギルドにも入れるのよね? それだけでもすごいわよね」
感心して言う。
しかし、身分が分かるものさえ持っていれば、場合によっては馬車に乗っているだけで、ユリスはどこの国にだって行けるんだよ、と笑いながらボクは教えてあげた。
その日から、ボクは学院が休みの日や、早く終わった時には、足繁く冒険者ギルドに通っては、掲示板を覗き、誰も受けないような細かな依頼を、少しずつだがこなしていった。
二回に一回はユリスも付き合ったが、ぶつぶつと文句を言うばかりで、自分ひとりで依頼を受けにギルドに行こうなどという気は毛頭ないように見えた。
それも仕方がないような依頼ばかりだったのだ。ユリスの不満もよく分かる。
下水道の調査、煙突の掃除、城壁の破損箇所確認、図書館の蔵書整理、商家の棚卸し……挙げ句は迷子になった猫探しなどなど、どれもがEランクの冒険者でなく、普通の人でもできるような依頼ばかり。それでも付いてきてくれただけマシというもの、と言うより、ユリスは付いてきただけで、ほぼ全ての依頼はユリス付きの護衛がこなさなければならなかったのだ。
唯一ユリスがお気に召した依頼は、意外にも迷子になった猫探しだった。街のあちこちを見て回れてご満悦だったようだ。
「ねえ、スミタマ、依頼の報酬ってこんなに少ないの? こんな額でよく引き受けるものだわね? 物好きにもほどがあるんじゃないの?」
ユリスに向かってぼくは応える。
でも、ユリス、Eランクの平均報酬はこの程度だし、この額さえあれば貧相だけど夕食も食べられるし、寝泊まりもできるんだよ、と庶民の生活程度を教えると、ひどく驚いていた。
「それに、ボクの場合は生活に困ってはいないから、報酬はそれほど重要じゃないんだ。依頼を通していろいろと情報が集まる。それって集まってみてピースが埋まっていくと意外とバカにならないもんなんだ、今は、全く埋まってはいないけれどね」
足繁く通う理由をボクは説明するのだった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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