第39話
ユリスの屋敷に着いて、玄関を潜った。
どこかで見たどこかの風景が展開されていた。ズラリと並んだ侍女や家人たちが一斉に頭を下げ、お帰りなさいませ、と挨拶をする。その一番奥には執事長が控えていた。
「お帰りなさいませ、姫様。そして、ようこそおいで下さいました、ミタマ様。これからは、姫様同様に誠心誠意お仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します。家の者も同様です。ぜひ、お仕えさせていただきますよう。心よりお願い致します。お部屋はすでに準備が整ってございますので、いつでもお入りいただけます」
みんな一斉に深々と頭を下げる。
「ひとつ姫様に実務的なご相談がございますがよろしいでしょうか? 別段隠し立てするような話ではございませんので、よろしければここでご相談させていただき、決済を頂戴したいのですが、よろしいですか?」
執事長はユリスに伺いを立てる。
なんでも、今まではユリスを、お姫様、お嬢様、ユリス様と呼び方もいろいろだったそうだ。それで別に不都合もなかった。しかし、ボクが一緒に屋敷に暮らすようになると、それではちょっと問題も起こりかねないそうだ。だからと言ってやたらと名前で呼ぶのも不敬にあたりかねないし、家内だけであればよいが、来客の前でなどでは名前で呼ぶのは相手にも不快な思いをさせてしまう。そこでできれば呼称を統一したい。それが執事長の相談だった。
そうね、と細い顎に手をやり、ちょっとだけ考えると、ユリスは言った。
「不都合があるのなら仕方ないわね。それに実際に起こりそうな気もするし。分かったわ、私は姫様かお姫様に、そしてスミタマはお嬢様。どうかしら? それで問題は起きないと思うわ」
ボクが口を挟む間はなかった。
ではそのように、お辞儀をして、執事長はどこかへ行ってしまったのだ。
「ユリス、ボクがお嬢様なんて、ちょっと困るよ。別に生まれが良い訳ではないんだし。確かに士爵位は持っているけれど、この間まではただの庶民だよ、しかも貧しい。それに、ユリスも知っての通り、さっきまではあの部屋で暮らしていたんだからね、ボクは」
苦情を述べるボク。
「あら嫌だわスミタマは。昨日のスミタマと今日のスミタマは別の成長したスミタマなの。それを受け入れられないなんて、未来を放棄した人の言う言葉じゃないかしら? スミタマは士爵家の当主であり、皇位継承権第四位の私の屋敷に一緒に暮らすお嬢様になったの。受け入れなきゃ」
いつかどこかで聞いたような言葉だが、実際のところ、ユリスの言う通りだ。
返す言葉もない以上、受け入れるしかなさそうだ。いずれ慣れてくるにせよ、お嬢様と言われると背中がむず痒くなってくる。
それじゃあ、行きましょうか、とホールから円階段を上り、二階へと上がる。その南側の一番奥から二番目の扉の前でユリスは立ち止まった。
「私の部屋はここ。貴方の部屋は私の部屋の北隣になるわ。そうそう、今日はこの後、例の件で陛下の私臣の方がお見えになるの。堅苦しいのは嫌だったし、どうせスミタマも嫌だろうから、お父様からお願いしていただいて、勅使という形は止めにしてもらったの。よろしくね、お嬢様」
ユリスは笑いながら言うと部屋に引っ込んでしまった。
ふう、とボクはため息をついた。舌打ちしたい気持ちもあるけれども、いろいろと目まぐるしく動いている。その流れを分かっていないといけないな、などと考えつつ、北隣の扉を開けた。
部屋は広かった。
今まで暮らしていた下宿の倍ほどの広さがあり、ひとりで過ごすには充分で、広すぎるぐらいだと感じた。
ソファにテーブルセット、そして書見台、窓は広い出窓になっていて、テラスまで備え付けてある。
でも、ベッドもなければ、先に持っていかれたボクの荷物もない。準備万端整っている、と言っていたけれども、あの執事長でもミスはあるのか、など呑気に考えながら、ソファにゴロリと横になった。
当然だけれども、ボクが今まで使っていた布団よりよほどふかふかで身体が呑み込まれそうなほどに柔らかい。寝心地、いや座り心地の良いソファだ。
もし何かの間違いでベッドがないのなら、このソファで寝ればいいや、などと考えていると、よほど心地が良かったのだろうか、ほとんど寝るのは習慣でしかないボクですら、ウトウトとしてしまっていた。
どれほど眠っていたのだろうか、おそらく三十分ほどだと思うけれども、激しく肩を揺すられて、ボクは目が覚めた。肩を揺すっているのはユリスで、その後ろには見知らぬ少女が控えていた。
「いったいどこに行ったかと思ったら、こんなところで寝てるなんて、なんだがいつも呑気で良いわね、スミタマは。貴方が来ないって、この娘が涙目でやってきて、探していたのよ、スミタマを」
スミタマ、ヨダレ付いてるわよ、と半分笑いながらユリスは、後ろの少女を紹介してくれた。
彼女は名前をジュンシといい、庶民だが裕福な商家の娘だそうで、行儀見習いでこの屋敷に入っているらく、ボクに専属で付けられた侍女だそうだ。
スミタマをびっくりさせようと思って、一人にしたのが間違いだった。ちゃんと部屋の中にまで連れて行くべきだった。ごめんねスミタマ、そしてジュンシ、というユリスを、ボクはポカンとした顔で見ながら、事情が良く飲み込めないでいたが、確かなのは、どうやらここはボクの部屋ではないらしく、ボクには専属の侍女が付くらしい。
「あなたの部屋はこっちよ」
ユリスが案内してくれる。
良く見ると、というか良く見なくても、入ってきた扉だけでなく、南側と北側にも扉があった。ユリスはボクの手を引き、北側の扉を開いた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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