第38話

「来たわよ。ってスミタマ、一昨日と全然変わってないじゃないの。今日来るから、引っ越しの準備しといてくれって私、言ったわよね? 一体、どういうつもりなのかしら?」


 張り切って来ただけに、全くと言っていいほどに、部屋は手付かずに見えたのだろう。ちょっとした剣幕のユリスをボクは両手でなだめる。


「引っ越しの準備は終わってるよ、ほら」


 部屋の片隅にある荷物を指差した。

 そこに置いてあるのは大きな鞄がひとつと小さな鞄が二つ、背中にも背負える手提げバックがひとつ。そして布団一式。それがボクの荷物の全部なのだ。

 引っ越しよりなにより、まずはユリスを落ち着けるのが先だ。ボクはユリスの両肩に手を置いて、はい深呼吸だよ、とユリスをなだめ始めた。


「何よ! 引っ越しっていったら、数日がかりでものすごく手間がかかるものなのよ、普通は。私のときなんかは一週間はゆうにかかったものなのに。スミタマはひとりとは言っても、住む場所を変えちゃうわけだから、一日を見てたのに、とんだ肩透かしだわ」


 イスに座って組んだ足を組み替えながら、まだ少し興奮が残った声で言う。


「だから、引っ越しはいつでもできるっていったじゃないか」


 ボクは荷物の説明をした。

 一番大きな鞄に入っているのは、この間の祝勝会で誂えてもらった衣装一式にアクセサリー。ちなみに皮肉にもこれが一番高価で、次に高価なのはその鞄だろう。小さな鞄には制服の替え数着と櫛や手鏡など身の回りの小物類。そして背負える手提げ鞄には勉強道具が入っている。それにちょっとくたびれた布団一式、これで全部。


「部屋に置いてある調度類は、最初から部屋にあったものでボクのものではないんだ。だからテーブルもイスも、クローゼットもベッドも持ってはいけないから新しく揃えないといけないんだ」


 そう言っている間に、荷物は運び出されていた。


「それで、全部らしいから、荷物は屋敷に運んでおいて頂戴。私たちもすぐに出るから」


 ユリスは、手持ち無沙汰で立ち尽くしている従者に向かってそう言った。

 引っ越しと聞いて幌馬車一台を用意して来た割にはすんなりと終わった引っ越しだった。荷物はわずか五つほどしかなく、正直、ほっとしたという表情を従者たちはしていた。


「荷物はそれほど多くはないとは思っていたけれど、これほどとはね。私が旅行するときよりも少ないなんて。それにスミタマ、休日も制服なの? 他に服は持っていないの?」


 言われてみれば、今気が付いた。

 ユリスは薄い水色のワンピースに黄緑色のカーディガンを羽織っている。とても爽やかでかつ品性のある格好だった。


「これしかボクには着るものがないんだよ。別に下着姿でいるわけじゃないんだから、いいじゃないか。明日からは違うけれども、今はまだここがボクの部屋なんだから放っておいてくれよ、ユリス」


 ボクはユリスの背中に向かって言う。

 階段を上るユリスに、大家に鍵を返してくるから先に行って待ってて欲しいと伝えるボクは、制服のどこが悪いっていうんだ、そう言いながら大家宅へと向かった。

 大家も、二頭立ての立派な幌馬車がやってきたのでびっくりしていたが、それがボクの引っ越し用だと聞いて、更に驚いていた。一体どこへ引っ越すのかと興味津々で聞いてくるので、官庁街にあるオルガスの屋敷だと伝えた。

 最初はピンと来ていない様子だったが、オルガスがあの皇弟のオルガスを指しているのだと分かると、それじゃあ、あちらの方が例のユリス姫様なんですか? と聞いてきた。別に隠す必要もないので、ああ、あのじゃじゃ馬がユリスですよ、笑いながら鍵を返して、今までの礼を述べ、いずれ改めてお礼に伺うからと約束をして、大家宅を後にした。

 表に出ると、腕を組んで、足をとんとんと鳴らしながら、ユリスが待っていた。なんだがちょっと不機嫌そうだが、それをボクのせいにされても困る。


「一体全体、いつまで私を待たせるつもりなのかしら、スミタマは。これじゃあ日が暮れてしまうわ。急いで屋敷に戻るわよ」


 別に引っ越しに時間は掛かっていない。

 しかも、それほど待たせてもいないのに、怒られてしまった。とても理不尽だ。別に待たせてあったいつもの馬車に乗り込み、ボクたちは屋敷へと向かった。


「それで、屋敷にはいくつかの棟続きになっていて、客室やらなんやらと、部屋はたくさん空いているの。あなたの部屋、どこにしようかと思って迷っているんだけれど、リクエストはあるかしら?」


 あぁ、なるほど、とボクは合点した。

 不機嫌なのじゃなくて、心配なんだ、ユリスはと。ここはぜひお姫様のリクエストにお応えしておくか、とボクは決めた。


「もし、空いていて、ユリスが嫌じゃないのなら、隣の部屋か向かいの部屋、なければ空いている一番近い部屋がいいんだけれど、どうだろう? 近いと何かと便利だと思うんだ」


 言った途端に、分かりやす過ぎるほど、ユリスの様子は一変した。


「たまたま、本当にたまたまだけれども、隣の部屋は使っていなくて空いているの。あなたがそう言うと思って、片付けもしておいたし、ちゃんと準備を進めていたのよ。スミタマが、隣の部屋がいいだなんて、予想通りでびっくりするわね。準備が無駄にならなくてよかったわ」


 露骨に機嫌や顔色がよくなるあたりは、いかにもユリスっぽくて可愛らしい。

 実際、部屋が隣同士の方が、何かと便利だし、それでユリスの気分が良くなるならば、何はともあれ喜ばしい限りなのだ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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