第32話

 姿見の中を見つめるボクに向かって侍女は続ける。


「だからそのように誂えさせて頂いたけれども、ユリス姫様のおっしゃった通り、大変良くお似合いでお美しくていらっしゃいます。その上に、サイズまでピッタリで私共も驚いております」


 それから髪を結い上げられると、準備は終了した。

 しばらく待たされ、手持ち無沙汰と、ドレスの気分的な窮屈さを感じ始めた時に、ノックされた扉が開かれた。護衛に先導され、大広間へと案内されてゆく。ボクは大広間への扉前で同じように先導されてきたユリスと合流した。ユリスは手で口を抑えながら、優雅に笑っていた。

 ユリスは髪を結い上げず、金糸で細かな刺繍が施された真っ赤なリボンで飾り、リボンよりやや淡い朱に近い赤いドレスを身にまとっていた。アクセサリーは深い緑をたたえたエメラルドが、耳元と胸元に輝いている。普段は小馬鹿にしたりもしたけれども、血は争えない。ユリスは一点の瑕疵もない完璧なお姫様だった、やはり。


「やっぱり良く似合ってる。私の見立て通りね、スミタマ。サイズまでバッチリじゃないの」


 ユリスはウインクする。


「ユリスも流石に似合ってるよ、本職だからね。でもこんなドレスいつの間に手配したのか……、それに、誂えてもらってもボクには購えないんだけれど、どうしよう?」


 そう返すのが精一杯のボクだったが、何よスミタマ、野暮はなしよ、野暮は、とユリスが言ったところで、扉の向こうのざわめきが消え、よく通る呼び出しの声が掛かった。


「ライデル杯優勝者、ユリス・デ・ライデル姫様、ミスミ・ミタマ様、御入来」


 そこから先は、豪華絢爛、ボクの知らない世界が広がっていた。

 ユリスに手を引かれ、右に左に。オルガスにエスコートされあの人にこの人に。テンデルに呼び止められて、ボクの話をあれやこれや。食べる間も飲む間もほとんどなく、祝辞を受け、紹介をされ、正直ほとんど覚えていないくらいだ。

 一番大変だったのはダンスの時間だった。さっきまで庶民で、下町の下宿に住んでいる学生に過ぎないボクに社交は必要なかった。だからダンスだって踊れはしない。それを知ってか知らずか、優勝した妬み嫉みか皮肉なのか、一曲お願いできますか、とかなりの数誘われたのだ。

 でも、ボクは踊れない。


「さっきまで庶民だった私には教養がございません。ダンスはご遠慮させていただきます、お許しくださいますよう」


 ボクはそう言って俯くしかなかったのだ。

 それを見かねたのだろう、ユリスがそっと近付いてきて、ちょっと待ってて、私にいい手があるわ、と一旦控室へと下がっていった。

 しばらくすると、会場の一角からどよめきが起きた。見てみると一人の麗人が立っていた。よく見るとピッタリとしたパンツと、袖広のブラウスを着て、髪をリボンで結んだユリスだった。

 男装をしたユリスは優雅な足取りでボクに近づく。


「踊っていただけますか? お嬢さん」


 ウインクして、手を差し出したので、ボクは嬉しくなって、ちょっと涙目になりながらユリスに言う。


「光栄でございます、喜んで」


 ボクはユリスに手を差し出したのだ。

 ユリスはボクの腰に手を回し、手を取ると耳元で囁いた。


「私も車椅子だったから、ダンスは無理だったけれど、教養としては当然、頭には入っているの。ダンスにも基本みたいなものがあって、それさえ抑えてしまえば、実はそう難しものじゃないのよ。だから、私が小声で教えてあげるから、一緒に踊りましょう。足を踏んだって、多少リズムがおかしくたって気にしなくてもいいのよ」


 だから、そう落ち込まなくてもいいの、要は堂々としてればいいの、そうユリスは教えてくれたのだ。

 ユリスの登場にも騒然となった会場だったが、そのユリスが手を取りボクと踊り始めると、会場の視線はボクたち二人一点に集中したと言っていい。やはり、ユリスのセンスは抜群だった。ある程度、知識はあったとはいっても、初心者同然のユリスだったのだが、女性側で数曲踊っただけで、男性側の動きも完璧に身体に馴染んでいた。

 優雅で、洗練された身のこなしはもちろん、その美しさには誰もが息を飲んだが、そんな周囲の目はまったく気にも掛けてはいないようだった。


「そう、上手よスミタマ。私ほどじゃあないけれど、あなただって、かなりのセンスの持ち主なんだから。だんだん分かってきたでしょ? ダンスなんて剣術や魔導術、私にとっては歩くよりも、もっともっと子供じみた遊びみたいなものよ」


 気が付くと、他に踊っているペアはなく、ボクたちだけが踊っていた。

 美しい旋律が奏でられる中、流れるようにボクたちは踊り、そして回った。感嘆の声だけが、ボクたち二人の周囲を包んだ。

 数曲が終わると、盛大な拍手が湧き起こった。それは、心からのものだとボクにも理解できた。中には、当初から企画された余興的なものだと思った人もいたようだが、それがユリスの即興だと伝わると、驚きはなお一層大きなものになっていった。

 ユリスはうやうやしくお辞儀をすると、周りの拍手に見送られながら会場を出て控えの間へと戻っていった。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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