第31話
ボクはいつものカフェテラスで、これもいつもの紅茶を前に、背もたれに身体を預けて、両手をだらりと下げて空を見上げていた。
空は雲ひとつなく、まるで吸い込まれてしまいそうな底なしの深い水色をしていた。もう夏色の空だ。
「あなたのような美しい淑女が、人目もある場所で、口を開けたまま、ぼんやりとしているものではありませんよ。それだけで、噂になるはずなのだから。聞いてる? スミタマ」
君が来るのが分かっていたから、ちょっと前からだけ、わざとこうやってぼーっと空を眺めていたんだ、ユリスがなんて言ってくるかもしれないってね。全くボクの予想通りだったよ、とボクは切り返す。
「相変わらずの憎まれ口ね。でも、さすがのスミタマも昨日は疲れたんじゃないの? 試合の直後ってのもあったけれど、いつになく大盛況だったのですもの。慣れてるはずの私だって、ものすごく疲れて、帰ったらそのまま寝ちゃったくらいなんだもの」
確かに昨日はさんざんだった、
今日も今の今まで色々な人からの質問攻めで大変だったのだ。
確かにボクは剣術の成績では学年トップにいるけれども、だからと言って簡単に学院戦で勝つのは難しいし、優勝戦でも勝ってしまうなど、それこそ奇跡に近いのだ、というのが普通の認識だ。クラスメイトで、代表戦を戦ったリノリやエーピーも、ボクたち二人がここまでやるとは思っていなかったようで、正直驚いていた。いったいどこでそんな技術を身につけたのか、とややしつこく尋ねられたくらいだ。
試合には勝った。それはそれでいい。圧倒的な力を見せつけて勝つという大きな目的も概ね果たせたと言っていいだろう。
しかし、試合に続いて王宮で開催された祝勝会、これは試合よりも大変だった。ユリスは皇家でもあるのだし、大饗宴はどうしても手前味噌的になるだろうから、割と簡素なのではないか、という予想は簡単に裏切られてしまった。
考えてみれば、ライデル杯はお祭りであり、市民の娯楽のひとつでもある。お祭りの最後を締めくくる試合だったのだから、帝都を挙げての大騒ぎになるのも、後で考えてみれば頷ける話だ。
ユリスはある程度知っていたようだが、試合終了直後、ボクたちは天蓋のない馬車に乗せらた。真っ白な馬四頭が引く、真っ白な馬車で、豪華この上ない作りだった。その馬車で都大路を王宮に向かってゆっくりと進む。パレードだ。
誰がライデル杯を制したかは、すでに誰もが知っているようで、沿道には約二百年ぶりに高等学院生で優勝を果たしたボクたちの姿をひと目見ようと大勢の人々が詰めかけていた。もちろん、優勝者のひとりが皇家のユリスなのも、みんなが知るところなわけで、歩道だけでなく、建物という建物の窓という窓からもボクたちは熱い視線を浴び、お祝いの言葉と歓声を受けた。
「ほら、スミタマ、笑って笑って。そして手を振るのよ。ただ、大きくふっちゃうと、少し間抜けっぽく見えるから、手首だけを静々と動かすだけでいいからね。今日は私たち二人はヒロインなのよ。あんなにたくさんの人が祝ってくれているのだもの。仏頂面は今からお休みしててね」
ユリスに手を取られ、ボクは沿道に向かって手を振り、そしてぎこちない笑顔で応えた。
「そうそう、それでいいのよ、スミタマ。とりあえず口の端を上げていれば笑っているように見えるわ。とても可憐に見えるわね、スミタマは。それに優勝したのだもの、心から本当に笑ってももちろん構わないのよ。私はもっと口を開けて大笑いしたいぐらいなんだから」
それでも、表彰式はまだよかった。皇帝陛下以下、皇家の人々や、居並ぶ廷臣が見守る中、頭を垂れ褒詞を賜り、最後に褒章が授けられた。
「望みのものを近日中に届け出よ、可能な限り叶えるであろう」
との言葉で締めくくられて、予想より早く終わったからだ。
しかし、問題はその後の祝賀の饗宴だった。
表彰式が終わると、ボクとユリスは別々の控室に連れていかれた。正確にはボクは連れ込まれ、ユリスは嬉々として先導されて行った。
中に入るとあれよあれよと服を剥ぎ取られ、素裸にされると、香油をたっぷりと入れたバスに浸された。侍女三人がかりで、文字通り、丁寧に髪から身体の隅々までキレイに洗われた。お湯から上がると、別の侍女これも三人から、お湯を一滴残らず拭われつつ、髪も乾かされ、さらに微かにジャスミンの香りがする香油を擦り込まれた。
そこまでが終わるとまた担当が変わり、別室へ案内されて、下着からドレスまで揃って着せつけられた。
ドレスなどは、まるで誂えられたかのように身体にピッタリだったのはボクにとっては大きな驚きだった。
「あの……これは……?」
と質問をすると、ドレスを着せてくれた侍女が教えてくれた。
「ユリス姫様のお見立てで、お誂えさせていただきました」
それじゃあ、ユリスはボクの宣言通り、最初から優勝するつもりで、ボクのドレスを誂えていたわけだ。なんでもユリスはこう言ったそうだ。
「あの娘は、私より身体は小さいけれど、スタイルはかなりいいの。だから、露骨にならない程度に身体の線は出たほうが良いわね。それに煌めくツヤのある銀髪、それに真っ白な肌には濃い青が良く似合うからドレスの色はそのように。刺繍は全て髪の色と同じ銀糸をたっぷりと使ってね。薄いスカイブルーの瞳にはルビーが良く映えるわ、きっと。だからネックレスからイヤリング、それと指輪まで誂えるように」
ユリスからそう命じられたそうで、全くその通りのいで立ちをした少女が鏡の向こうで頬を引きつらせて立っていた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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