第30話
相手にとっては胸を貸してやる、ぐらいの気持ちだ。その気分も含めてまとめてふっとばしてやろう! とボクたちはギュッと抱き合うとユリスは言った。部屋の机の上には、先程、下賜された儀仗用の長剣とボクの三日月ナイフが重ねて置かれている。どちらも検査をパスして戻ってきているのだ。
「最初は試合のパートナーって感じだったけれど、今ではスミタマはかけがえのない人。試合が終わってもずっと友達でいてもらえるのかしら? なんだが試合が終わったらスミタマがいなくなりそうで、それが怖い気がするの」
試合の結果よりもそちらの方が気がかりなの、とユリスは言う。
「大丈夫だよ、ユリス。いろいろ教えないといけない約束だってあるんだし、ボクたちはずっと友達さ。ユリスが王宮の奥に引きこもりでもしない限りは、何足だって靴下を持っていくよ」
ユリスは少しはにかみ、ボクは軽く微笑む。
試合前にしてはなんだか妙な感じだったが、肩に力が入り過ぎるよりは幾分も雰囲気はよかった。
試合前、観客席はざわついていた。ユリスが持つ武器が先程下賜された儀仗用の宝剣だったからだ。
誰もが儀仗用は切れない剣だと知っている。それだけに、ユリスの試合に対する気持ちに疑問が持たれたのも当然だ。もしかしたら、最初から負けるつもりなのではないか? 訓練の延長線上だと考えて本当に稽古のつもりで臨むのか? 陛下の御心をないがしろにして、試合中に宝剣がへし折れても構わないと思っているのでは? など小さな囁きがまるでさざ波のように、ボクたちにも届く。
しかし、そのような観客席のざわめきなど我関せずで、ボクたち二人はいつもと同じ心境で試合に臨んでいた。もちろん勝つつもりだ。
試合はすでにかなりの時間に及んでいた。
高等学院生であるボクたちの大健闘という形にはなっているが、実のところボクたちが試合をリードし、有利に進めていた。
当初は歓声に包まれていた会場も、今は静寂が支配し、剣戟が空間を切り裂く音と、荒々しい息遣いだけが、響いている。ただし、剣は交錯せず相手の剣が空を切る音が響いているだけ、息遣いが荒いのは大学院の方だ。
ユリスの宝剣はもちろん人を傷つける力は持っていないが、炎の魔導術を付与してあり、相手に触れなくてもかすめただけでダメージを与える。同様にボクの三日月ナイフには氷の魔導術が付与してある。躱しても受けても、炎と氷でダメージを受け、相手はかなり削られている状態だ。
もちろん反撃はするけれども、剣で受けるどころか、すべて避けられているため、かなり苛立ちも募っているようだ。
ボクはユリスに合図を送った。すると、ユリスは相対する相手の剣を軽く躱しながら宝剣をこちらに放り投げた。合わせてボクも三日月ナイフを投げ返す。ボクの相手が対氷の防御魔法を掛けたためだ。相手は魔導術を使うのに、詠唱が必要だ。なので、こうやって相手の動きや魔導術を予測し、様子を見つつ、相殺して有利な形で剣戟を交わす。
ユリスは、その能力を存分に見せつけていた。足には先日から練習していた魔導術を付与し、高速移動を繰り返しては攻撃をする。時折、魔導術を交え、その攻撃は先が読めない。
剣戟から防御、防御から魔導術、魔導術からさらに剣戟へと流麗な動きはまるで踊ってでもいるようで、観客の目を魅了し続けている。
ボクは得物が短いため、相手の懐に飛び込んでは一撃を入れ、再び相手の間合いの外へ瞬時に移動する、という動作で相手を翻弄し続けている。流石に大学院戦を制した相手だけあって動きは悪くない。急所への一撃には至っていないのはいわば余興であるこの大会を少しでも長引かせるためであって、有利ではありながらも膠着状態なのはボクら二人のサービスと言ってもいい。実力の各段の差がある。
このまま少しずつ削り続けても、相手だって回復系魔導術を使ってくる。相手の気力が萎えるまでこのまま続けていくのも無理があるようだ。
このままでは勝てない、より切実に思っていたのは相手の方がより強かったようだ。ボクとユリスが同時に引いた瞬間を狙って、二人同時にボクの方に攻撃を仕掛けてきた。
これはある程度、予想の範囲内。ボクは魔導術をそれほど見せていないが、ユリスは三日月ナイフ一本とはいえ、無詠唱の魔道術を見せているので、警戒されるのも当然だからだ。ボクは片方の攻撃を三日月ナイフで受けつつ、さらにもう一方の攻撃は回避する。どちらも剣で受けた方が楽なのだけれども、もう片方の剣は先程ユリスと入れ替えた恩賜の宝剣だ。受けると折れてしまう恐れもあったため、あえて受けずに避けたのだ。
二対一の局面ができる、それはひとりが自由になる。相手にとっては一か八か、どちらかといえば捨て身の攻撃に近い。
「ユリス!」
ボクが叫びながら宝剣を投げると、ユリスも間髪を入れずに三日月ナイフを投げ返す。
同時に二人の斜め後ろに回り込んでアイシクルランスを叩き込みながら、受け取った宝剣を背を向けている相手に突き立てた。アイシクルランスと宝剣がほぼ同時に相手の左胸を後ろから抉った。ボクも受け取った三日月ナイフの指貫に人指指を引っ掛け、もうひとりの頸動脈を切り裂いた。
どちらが先に相手に致命傷を負わせたのかは定かではない。だが、相手が二人とも戦えないのは明らかだった。
闘技場は静寂に包まれた。
砂埃が舞う音だけが通り過ぎた直後、大きな歓声がまるで地から吹き出るように闘技場を飲み込んだ。
「試合終了! 勝者、ユリス・デ・ライデル、ミスミ・ミタマ!」
試合は終わったのだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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