第2話 穏やかな朝
「ところでシェフィ、君は僕の家に来てていいのかい?」
ここは王国の首都から少し外れた森の中にある木造の家。もともとは王家が別荘的な扱いで所有していたそうなのだが、僕のためにと譲って下さった。近くに川も流れていて、森林浴もでき、読書をするにも最高の空間。天気のいい日にはハンモックを持ち出し、外で本を読むのも悪くないくらいに心地いい場所だ。森には危険な動物や毒草なんかも全くないからね。
「ミラなら置いてきたわ、別に周りがどう言おうと私には関係ないもの、気にするだけ無駄ね」
ミラさんというのは、王女であるシェフィの護衛官。基本的に学業や公務があっても傍に使え、何があってもいいようにシェフィの身の周りを守護する人だ。本来なら僕の家に来る場合も一緒にいないといけない。何せシェフィは第二王女だしね。と言うよりも普通なら第二王女が一般平民、それどころか出自の不明な人間の家にきていいわけがない。知り合いというだけで様々な王国貴族の恨みを買っていてもおかしくはない。まぁ、確かに以前ミラさんからは「貴方様であらば問題はございません。何しろ、お嬢様自ら選ばれたお方ですから。二人の逢瀬をお邪魔するような無粋な真似は致しませんので、ご安心を」と正面から言われたけどもね。
「朝食は食べたのかい?」
「まだに決まってるでしょ?カイの作る料理やお菓子はおいしいもの、王宮の専属料理長のクレハさんも言ってたわよ『是非、今すぐにでも次期専属料理長へ!これほどの腕前とは……今は私のが上ですがいつ抜かれてもおかしくは……』って。流石ね」
「まだまだだよ、僕なんて。それにクレハさんは自分のレシピがあるじゃないか、僕はそういうのないからね。クレハさんには敵わないよ」
クレハさんは王宮の専属料理人をまとめる長。シェフィの「料理長とカイ、どっちが料理上手なのかしら?」という何気ない一言から料理対決をすることに。僅差で負けてしまったが、以降何かと相談を受けたりしている。この間は一緒にデザートも作ったりしたっけ。もちろん……大変おいしかった。
「それで、朝食は何を御所望ですか?ご主人様?」
僕は片目を閉じながらにこやかにシェフィに言う。シェフィはシェフィで「ご主人様って言われるのも悪くないわね……」なんて小声で言ってるし。頼むから本気にしないで欲しいな。
「そうね……オムレツがいいわ、あれほんとにおいしいのよね。やみつきになってしまったわ」
「かしこまりました、ご主人様、なんてね」
さて、準備しておいしいのを作らないと。作る側としては、おいしいって言って貰えると嬉しいからね。
「準備するものはある?カイ」
「氷冷庫にいろいろ入ってるよね?サラダとか、事前に用意しておいたんだ。あとはパンとスープにようと思う」
「了解、それじゃ、サラダとかは出しとくわよ」
「ありがとう」
「さて、メインのオムレツを焼いてしまいますか」
フライパンに調味料を加え、よくかき混ぜた卵を落とし、火にかける。きれいな形にまとめつつ綺麗になったらひっくり返す。返したら少し火にかけお皿に盛る。次に昨日から仕込んで置いたスープを温める。海鮮の良いだしが出てるといいな。
「よし、完成。出来たよ、シェフィ」
「こっちも、サラダとパンの準備、できてるわ。」
「それじぁ、いただきます『いただきます』」
うん、おいしい。スープはちゃんとだしが出てるしオムレツは半熟。失敗してなくてよかった。
「流石ねカイ、おいしいわ、ふふ、これなら毎日でも食べたいくらい」
「毎日は流石にあきないかい?」
「そうでもないわよ、カイが作ってくれるのなら、なんだっておいしいもの」
「褒めても何もでないよ?」
「そんなつもりないわよ、ただの事実をいったまでよ。そんなことよりもカイ、あなた、またあの本を読んでいたの?よく同じものを読んで飽きないわね?」
「飽きないよ?本を読むのは好きだしね、それに心躍るじゃないか、大乱の世だった大陸を沈め、安寧をもたらした六英雄。彼らの最期の地である大陸にある秘境。英雄に憧れるものとしては是非行ってみたいね。」
千年前、大陸では戦が絶えなかった。人と人、人と魔族。最後は……人と神。
人と神の戦…………最後の決戦故にこう呼ばれる。終焉戦争と。これを人の勝利に導き、輝きを放った六人を世界は六英雄と呼んだ。終焉戦争で疲弊した彼らは自らの命を引き換えに当時彼らが使用した剣や杖に力を込め、秘境に自らの意思と共に封印した。のち二百年は小さな争い事があったものの、八百年前に魔族とも講和を結び、今では互いが互いの地へ行き来したり、商業も盛んになった。街中でも魔族を見かけるほど交流があるのが何よりの証拠。六英雄がいなければ今のような平和は訪れなかった。世界にとっての英雄と言えるだろうね。
「六英雄ねぇ、確かに昔は憧れたし、すごいとも思ったけど、今は自分のするべきことに目を向けないといけないからね、公務だけじゃない。あなたのこともあるのだから」
「ぼ、僕?一体何さ?何かシェフィに関係することあったっけ?」
「えぇ、もちろんあるわよ、いつになったら護衛官になってくれるのかしらねぇ?どこかのそれはとても、とっても意地悪な、だ・れ・か・さんは?」
「さ、さぁ、何のことだか、ぼ、僕にはさっぱりだなぁ……」
毎度誘われるが、僕が護衛官になるのはいろいろとまずい。それこそ良くして頂いている国王陛下や女王陛下、シェフィにも厄介事が降りかかるのが考えなくともわかってしまう。王宮にいるだけでも小言が多かったり、国王陛下の側近の人たちから何を言われるかわかっているからこそ迂闊に近寄らないようにしているというのに。僕だけならともかくそれをシェフィに言うのだから我慢もできやしない。
「ふふ、そうね。以前なんて私に嫌味を言った貴族に向けて自分の剣を即座に抜こうとしたものね。全く、あの時ほど焦ったことなんてないわよ?」
「あははははは、そ、そんなこと、あ、あったっけかぁ?ぼ、僕の記憶にはそ、そんなことないよぉ?」
「動揺してるのが証拠よ、許してほしかったら……」
「護衛官にはなりません、何より、我慢できない、君を侮辱しようものなら次は……斬る」
「そ、そう?嬉しいわね、そこまで言われると……」
頬を赤く染め、顔に手を当てているシェフィは確かに可愛い。僕にとって君を侮辱したりどうこうするというのは本当に我慢できない。確かに以前王宮にどうしても入らないといけなかったときに貴族だろうが関係なく剣を抜き首を落とすことも考えていた。いや、むしろそれ以外に何も思わなかった。シェフィはそれほどまでに僕にとって大切でかけがえのない存在なんだ。
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