ディーラーボタン

クシュン、クシュン、クシュン。

「お大事に。危なかったね。くしゃみを三回してお大事にって言われないと妖精になってしまうらしいよ。」

「ならないよ。だって、すでに妖精だもの。」

 目の前に座っていた女がくしゃみをしたので、声をかけて隣の席へと座った。

 これがユリアとの出会いだった。今思えば、あいつが今回のゲームのディーラーボタンだったのかもしれない。知らないうちにテーブル席に座らされ、勝手にゲームは始められた。俺の意思とは関係なしに。人生なんてそんなもんだと言われれば、言い返せないが。


 ウダイ。それが俺の名前だ。名前からわかる通り、俺のルーツは中東系。つまり何が言いたいかっていうとロクな生まれじゃねえってこと。暴力沙汰は日常茶飯事。だからこいつが欠かせねえ。パチモンのトカレフを胸に隠してこの場に立っている。

 ユリアもユリアだ。俺みたいな輩がたむろするポーカー場なんかに足を踏み入れる必要なんてないだろう。生まれは東欧とか言っていたから、まあ金はねえかもしれねえが、それでも白人の女だ。やり方さえ間違えなきゃ表通りとまでは言わないまでも真っ当な風俗には務められる。上客はやっぱり白人の女を好む。

「ユリア、てめえに金を貸す奴らはお前の体目当てだってわかってんのか。」

「あらそうなの?一発ぐらいいつでもお相手してあげるのに。」

「そんなことじゃねえよ。店に売るつもりだって言ってんだよ。」

「別に好いじゃない。珍しいことじゃないし。負けが訪れるまで楽しむだけよ。」

 あの時、助けるんじゃなかった。面倒な役を押し付けられたもんだ。ユリア目当ての男どもが俺にも接触してくるのだが、人付き合いが嫌いな俺は全て断っている。騙してユリアをうっぱらっても良かったが、あの日の勝負に負けた俺にはその権利はない。身ぐるみ全部剝がされた俺をユリアが買った。勝負事には従うのが俺が信じられる唯一の矜持だ。甘っちょろい考えなのは言われなくともわかってる。

「ユリア、まだやんのかよ。」

「夜はこれからよ、ウダイ。一緒に踊りましょう。」

「いやだよ。お前と同席したあの日のポーカーは最悪だった。一緒にあいつをはめようと目くばせしておいて、俺の身ぐるみまで全部奪いやがって。クソ女が。」

「ハハハハハ!!!!思い出すだけ愉快だわ。男の勝負!!くっくぅ。あぁダメ。思い出しただけでも笑えてくる。ウダイにギャンブルは向いてないよ。」

「わかってんなら誘うなよ。女狐が。」

 いつものように無駄口を叩きあって街を歩く。そして、いつもと同じようにポーカー場へと入っていった。いつもと違っていたのは1つだけ。

 

 この晩、最後に訪れたポーカー場でユリアは大負けした。

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