7, あなたのことが大好きなんだ
ーーー卒業式の翌日、事務所の都合でエリカは卒業式の余韻に浸る間もなく、東京に行くことになった。
この数ヶ月の間も、エリカは何度か東京に行くこともあり、エリカが東京の事務所に行くことは自然と校内で喧伝されていた。
かくいう僕も、あの日以来エリカとはまともに喋ることもできず、とうとうこの日が来てしまった。
「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫!昨日100回くらい確認したから」
「そんなに確認したのかよ」
「だって、東京着いてから忘れ物に気付いても遅いでしょ?」
エリカは大きめのキャリーケースを転がしながら、駅に向かって歩いている。
僕は仕事が忙しいエリカの両親に頼まれて、彼女を見送ることになった。
「あと15分くらいかな?」
駅に着くと、エリカは時計を見てそう言った。
そして、その時間が僕がエリカと一緒に居られるタイムリミットでもある。
「コウちゃん、あの日はありがとね」
「9月19日。あの日からあたしの夢は始まったんだよ」
「まさか、本当に女優になっちまうとはな」
「まあ、まだ研究生だけどね!」
「それに……」
「あたし知ってたよ。白い加密列の花言葉は『逆境で生まれる力』。あたし、向こうでどんなことがあっても、この髪飾りに誓って絶対に負けないんだから」
「うん、エリカならどんな困難でも絶対に負けないよ」
「応援してる」
「東京駅、まもなく発車します」
駅にアナウンスが流れる。
もう5分と待たずして列車は発車する。
すると、エリカは僕に向けて右手を差し出してきた。
「最後に、握手しよっか」
そんなエリカの姿を見て、これが彼女の門出なのだと自覚した。
ーーーずっと前から気付いていたはずなのに、見ないふりをしてた。
僕は、エリカを追って塩濱高校に入学した。
僕は、エリカに認めてもらいたくて、アクセサリー屋でバイトを始めた。
僕は、エリカに存在を覚えていて欲しくて、あの日に髪飾りをプレゼントした。
ーーー僕は、三次エリカのことが大好きなんだ。
……だけど、とうとう僕は彼女に本当の想いを伝えられないまま、別れの日が来てしまった。
エリカは、僕の手が届くことのない、ずっと先にいる人間なんだ。
そんなことを考えていたら、途端に熱いものが僕の頬を伝う。
「もう、コウちゃんはほんとに泣き虫なんだから」
泣かないと決めていたはずなのに、絶え間なく大粒の涙が溢れだす。
そんな僕を見て、エリカは何も言わないで涙を優しく拭ってくれた。
手の届かないずっと向こう側にいるけど、エリカは、最後の最後まで僕にとっての「近所のお姉ちゃん」なんだ。
「ごめん。でも僕、エリカが居なくてもずっと頑張るから」
「頑張りなさい。今度はあたしに似合う素敵なお洋服作ってね、約束よ!」
「…うん」
「もう泣かないの!」
「ほら、いつも言ってるでしょ?あたしたちは離れていても大丈夫。だって…」
『 あたしがコウちゃんの太陽なんだから! 』
その言葉を最後に、エリカの手が僕のもとを離れた。
エリカは、最後まで笑顔で手を振ってくれて、僕は彼女から目が離せなかった。
こうやって、エリカは東京に行っても多くの人に勇気を与えていくのだろう。
列車の扉が閉まる。
列車は動き出し、僕は彼女の姿が見えなくなるまで手を振って見送った。
きっとこれは、大女優・三次エリカが上京をした歴史的瞬間。
いずれその逸話が語られる日がやってきても、そこに僕が居たことが語られることはないだろう。
それでも僕は、彼女の幼馴染であることを誇りに思い続ける。
だって、僕はこんなにも胸が苦しくなるほどに、エリカのことが大好きなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます